31年ぶりのカンヌ:その(5)
同じ日のうちに、ペドロ・アルモドバルとブリランテ・メンドーサの全く違うタイプの傑作を見てしまった興奮を、どのように書けばいいのか。そのうえ、その間にはクラシック部門で溝口健二の4K復元版『雨月物語』まで見た。何という1日。
アルモドバルの「フリエッタ」は、中年の女性フリエッタが恋人とポルトガルへの旅に出ようとしているところから始まる。ところが街を歩いていると、年下の女性に声を掛けられる。娘のアンティアと会ったというのだ。子供2人まで連れていたと言うではないか。フリエッタは男との旅行をキャンセルし、過去に入り込んでゆく。
なぜ娘と別れたのか、そもそも誰との娘なのか、娘と再会できるのか。そうした疑問を巧みにサスペンス仕立てにしながら、アルモドバルは一枚、一枚、そっと秘密の扉を開けてみせる。列車の中でのフリエッタのショアンとの謎めいた出会い、彼の海に面した家と奇妙な女中、娘との生活と娘の失踪。
いつものように服も部屋も家も風景も色彩が溢れ、1カットごとに息を飲む。それが映画の劇的な展開を生んでゆく。恋愛、セックス、家族、友情といった人間の本質的なものへの深い思いが、記憶とサスペンスの構造の中からどんどん膨らんでゆく。何という贅沢。山道を行く車から終わりの風景が見えた時、「ああ、よかった」と本当に大きな溜息をついた。
たぶん、『オール・アバウト・マイ・マザー』や『トーク・トゥ・ハー』に匹敵するような傑作ではないか。ここ数年、技巧に走って少し落ちたかなと思っていたが、今回は正面からの大勝負に出た。
ヨーロッパの洗練の極にアルモドバルがあるとしたら、フィリピンのブリランテ・メンドーサ監督の「マ・ローザ」Ma' Rosa(ローザ母さん)は、アジアの混沌の力を絞り出す。「マ・ローザ」は、ローザが夫と営む雑貨店の名前。映画は、大雨の中を息子とスーパーの買物から帰るローザのたくましい姿から始まる。
とにかくどこも汚く、人々は走り回り、大声で話し、絶え間ない喧騒が続く街、マニラ。ある時、ローザの店に警察が来て、麻薬の密売がばれてしまう。ローザと夫が警察に連行されるとこれがまた混乱の極で、警察には子供たちがウロウロ。警官は麻薬の売り上げを自分の懐に入れ、さらに釈放金として莫大な金額を要求する。
どう見てもまともな警察には見えない。それでもローザの3人の子供たちは、何とか足らない分のお金を作るために、マニラの街をさまよい、どんなことをしてもお金を集めようとする。その悲惨な彷徨。何度も紙幣を数える音が響く。
それだけの話だけれど、家族愛とお金というこれまた人間の根源的な問題が正面から描かれていて、胸を打つ。叫び、殴り合い、走り回る人々の姿が、手持ちカメラで捉えた荒々しい映像の中で躍動する。やはり、カンヌに来てよかったと思った1日だった。
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