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2016年5月14日 (土)

31年ぶりのカンヌ:その(2)

とりあえずコンペの3本を見て思ったのは、「映画の今」を見せるために、いろんな傾向を混ぜているなあということ。ルーマニアのクリスティ・ピュユの「シエラネバダ」Shieranevadaは、父の死後40日目に母のもとに集まる子や孫たちの集まりを描く。

よくありがちな設定だが、全体に溢れる無秩序感がハンパではない。まず、誰が誰なのか最後まで説明がない。見ているうちにこの2人は夫婦だとかだんだんわかってくるが、本当に息子なのか娘の婿なのかわからなかったり、娘なのか孫なのかわからなかったり。

後半に泣きながら夫の不実を訴える女の話あたりから、コミカルな調子が出てくる。主人公らしき医者の息子も、まるで芝居を見ているかのように笑い出す。手持ちのカメラは話す人物を追いかけて部屋の中を右往左往。正直なところ2時間53分はちょっとうんざりしたが、この感じこそ監督がねらったものだろう。

フランスのアラン・ギロディの「垂直のまま」Rester verticalは、映画の脚本家の青年レオの奇想天外の旅を追いかけるもの。冒頭でレオは田舎の道を車を運転しながら、美少年を見つける。この少年との話かと思いきや、少年はいなくなる。

それから父と共に羊を育てるシングルマザーの女とうちとけ、なんと子供を作ってしまう。この物語かと思うと、美少年と同居するピンク・フロイド好きのロック老人や女の父親も出てきて、ホモセクシュアルな世界が始まる。まさに予想不可能な展開で、最後まであっと言わせる。

フランスの田舎で展開する、道徳を超えた未来的な人間関係がすごい。そのうえに、脚本家のプロデューサーが出てきたり、「映画の映画」の作りもある。「この映画は新しいぞ」と言いたい感じ。

ケン・ローチの「私、ダニエル・ブレイク」は、心臓病で家具職人の仕事を続けられなくなった59歳の男を描く。失業保険を受けようとするが役所でそれには書類が必要と言われ、ネットでの登録の仕方を学んだり、わけのわからない世界に突入する。

彼が出会うのは、2人の子供を必死で育てるシングルマザー。ダニエルは何とか彼女を助けようとするが、彼女たちの生活は厳しくなるばかり。きわめて普通のまっとうな人々が貧困に落ちてゆく世界を、例によってリアルに淡々と描く。いまや世界のどこでも起きていることが、ここにある。

3作品、すべて方向が違うが、現代の世界を見せていることに違いはない。

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