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2016年5月15日 (日)

31年ぶりのカンヌ:その(3)

コンペを見ていて思うのは、セックスや人間の体をテーマにした映画が多いこと。それも同性愛に傾いているし、やたらに裸が多い。ここに既に書いたアラン・ギロディの「垂直にままに」はまさにそういう映画だし、韓国のパク・チャヌクの「アガシ」(お嬢さん)もその1つ。

1930年代の日本占領下の韓国で、莫大な財産を持つお嬢さん(キム・ミニ)、お嬢さんの財産を狙う怪しげな伯爵(ハ・ジョンウ)とお嬢さんの下女(キム・テリ)の三つ巴の騙しあいを描く。全体が3部構成でそれぞれ違う視点で描かれるので、何度も驚いた。

日本占領下というのも、装飾過多のバロックな世界を描くのに適しているからだろう。もはや日本への悪いイメージなどではなく、単純に時代ものとしての背景に過ぎない。ある種エログロのジャンル映画でもあり、パク・チャヌクらしい悪趣味な世界が楽しめる。

この映画のポイントは女性同士の同性愛だが、こういう映画は韓国に多くなったのかは、私にはわからない。ただカンヌで見ると「韓国もこんなですよ」と見えなくもない。

ドイツの女性監督マレン・アーデの「トニ・エルデマン」もまた、あちこちにセックスが散りばめられている。ルーマニアのブカレストで働くドイツ女性イネスの元に、突然父親がやってきて、職場に顔を出したりしてイネスを困らせる。父親の行動があまりにも突飛で何度も爆笑が起きたし、イネスの性的な関係もおかしい。

後半のイネス自宅でのヌードパーティーには、目が点になった。笑いの質がどこかテレビのバラエティ番組のようで映画として評価すべきかは疑問もあるが、フェミニズム的要素も含めて、興味深い監督だと思う。

イギリスの女性監督アンドレア・アーノルドの「アメリカン・ハニー」は、18歳の極貧の女性、スターが家を出て、雑誌のセールスをする若者集団に加わってアメリカを旅する物語。彼女をスカウトしたジェイクとのセックスがこの旅で重要な要素を占めるし、雇い主のクリスタルもいつも男に囲まれている。

何だかウッドストック的な旅に最近のエコロジー的自然観や貧困問題が加わった感じの映画だが、2時間24分は長すぎる。映画としての魅力はあるし好きな人も多いと思うが、これがカンヌのコンペかなとは思った。

深田晃司監督の「淵に立つ」は「ある視点」部門だが、これまた究極の愛と身体の映画であった。これについてはまた書く。

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