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2016年5月26日 (木)

カンヌが終わって:その(2)

フランスに来て、早くも2カ月が過ぎた。最初はスーツケースが出てこない数日から始まり、落ち着いた頃にはカンヌの準備で追われた。カンヌで11泊して帰ってきて、西日本新聞に上下の原稿を出し、今はそのゲラを直しているところ。忘れないうちにカンヌについてもう少し書いておきたい。

前にも書いたように、カンヌの結果は私のみならず、大半のジャーナリストにとって驚きだった。朝日の石飛記者によれば、記者用のビデオでの受賞中継では、ブーイングが例年にないほど大きかったらしい。

フランスの新聞各紙は、受賞結果をけちょんけちょんに書いている。こんなに書いていいのかというくらい。まず「ルモンド」紙は、「吠える映画におとなしい審査員」「受賞結果はコンペ作品の例外的な大胆さを全く反映していない」という2つの見出しから始まる。

「カンヌには定理(テオレマ)がある。セレクションが悪いといい作品が受賞する。逆もまた真。今年も例外ではない。近年珍しいハイレベルのコンペで、我々を感激させた作品をほとんど落とし、そうでもない作品に受賞させた。例外はグランプリのグザヴィエ・ドラン「まさに世界の終わり」くらいで、これは評価が分かれたが、我々は支持したい。そのほかはパルムドールの「私、ダニエル・ブレイク」を始めとして、精彩がなく、と何より不平等だ」(この部分は電子版のみで1日後の紙面にはなかった)

「今年のコンペは、グランクリュ(ワインの当たり年)として我々に記憶される。昨年はアルノー・デプレシャンを始めとして、何人もの秀作が監督週間に逃げたが、今年はそうではなかった。今年の頂点にドイツ人マーレン・アデ監督の「トニ・エルドマン」の驚異的なパンク映画が鎮座する」

「リベラシオン」紙は、「生き残りケン(ローチ)」と題し「英国監督は、保守的で二元論的なプロパガンダ作品「私、ダニエル・ブレイク」で2度目のパルムドールを取り、次点のグランプリは見かけだけ豪華なグザヴィエ・ドランが受賞した。映画祭を沸かせた大半の作品は漏れてしまった」

「最近の記憶を考えると、カンヌの受賞結果がこれほど予想とはずれた年は珍しい」「マレーン・アデの「トニ・エルドマン」は素晴らしい主演女優サンドラ・ヒューラーと共に、映画祭参加者を跪かせた。上映中にも何度も拍手が起こったほどだ。しかし審査員はほかの7本に賞を出した。79歳のケン・ローチは、「パルムドール2回目クラブ」に仲間入りした(泳ぐのには好都合)。フランシス・フォード・コッポラ、今村昌平、エミール・クストリツァ、ダルデンヌ兄弟に何とビル・アウグストまでいるから、誰でもいいという感じか」「「私、ダニエル・ブレイク」は極めて二元論的で、右翼の観客のための純粋左翼映画」

一番すごいのは「フィガロ」紙で、「カンヌは金を鉛にした」と題し、「ジョージ・ミラーとその悪い仲間たちは、記録を破るためにやってきた。彼らは歴史に残るだろう。今後は「トニ・エルドマン」を落としたグループと名付けられる」「映画祭は来年70回目。こんな調子を続けていたら、ローチ氏の家具職人の如く、お役御免になるだろう。良心に戻ろう。ニンジン(駄作の意味)2個、お会計お願い!」

日本の新聞も、もっと東京国際映画祭の批判を正面からした方がいい、と日本のことを言ってもしょうがないか。すべてが違うのだから。

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