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2016年5月18日 (水)

映画以外のカンヌの話:その(2)

カンヌに31年ぶりに来て一番思うのは、人が多すぎること。1本の映画を見るために、私のピンクのプレスカードだと30分前に行かないと危ない。一番上の白カードだと10分前でも大丈夫のようだけど。

それでも、1時間前から並んでも入れないことがある青や黄のカードよりはいい。しかし、自分が並んでいる横を白カードを持ったプレスがすいすいと入っていくの見るのは、気持ちのいいものではない。これが現代かと思うくらいの階級社会である。

よし、来年はもっと多くの媒体に書いて、1つ上のカードをもらおうと、みんな頑張る。そこでカンヌの威光はマスコミを通じて世界に広まる。するといい映画が集まり、マスコミも増える。この相乗効果がカンヌの戦略らしい。具体的には、1978年からセレクションに加わり、2014年までカンヌのトップだったジル・ジャコブが考えたという。

確かに2000年ごろまでは、この映画は社会派だからベルリン向きとか、カンヌに間に合わないからベネチアへとか、3つが共存していたと思う。ところが今はすべてがカンヌに集まる。だからカンヌはよりどりみどり。

ジャームッシュとかアルモドバルとかダルデンヌ兄弟など超巨匠を除くと、例えば是枝監督が今年は「ある視点」に落とされた。すると次はコンペを目指してまた出してくるだろう、というところまで考えている感じ。パルムドールを取ったアピチャッポンも審査員をやった河瀨直美も、去年は「ある視点」。準巨匠の監督たちは、プレスと同じように上がったり、落ちたりして競わされる。

カンヌへの一極化は、もちろんグローバリゼーションとデジタル情報化社会の影響が一番の原因だが、カンヌが1983年という早い時期に豪華な今の「パレ」(映画宮殿)を作ったことも大きい。ベネチアはこれで明らかに後れを取った。ベルリンは新しいパレを作ったが、いかんせん2月の寒い都会のベルリンと5月の初夏に海に面したカンヌでは、セレブな雰囲気があまりに違い過ぎる。

環境と建物という物理的条件が勝利を生んだという点では、一流の場所に新しい映画館を作り続けて90年代頃から独り勝ちを始めた東宝と似ているかもしれない。これはもう少し研究が必要だが。

話がずれたが、早く行って席を取るのはいいが、スカーフを置いたくらいでは平気でその上に座られる。上着を置き、さらに「ルモンド」紙を置くと大丈夫。「ルモンド」には何か無視できない効果がある気がする。

トイレに行って確保した席に戻ろうとする時に、友人と話をしてどいてくれないことも多い。「エクスキューズ・ミー」と四回言っても無視されたので肩を叩いたら、「触るな」とキレた女性もいた。後で隣のイタリア人が、「あれは共産党系の「ユマニテ」紙の有名なフェミニスト記者だよ。フランス女性で共産党でフェミニズムだから、人の話を聞くはずがない」。

ある男性は「エクキューズ・ミー」と2回言うと、「今大事な友人と話しているからダメだ」と2分ほど待たせた。たぶん増え続けるアジア人への反感もあると思う。

毎日見ては並び、見ては並びするうちに時間がどんどん過ぎてゆく。やはりベネチアの方が快適だ。

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