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2016年6月10日 (金)

27年ぶりのニューヨーク:その(5)

ニューヨークが私に合わないと書いたけれど、最後の1日でだいぶ印象が変わった。まず、地下鉄に乗ってみた。以前と同じで全体に暗いが、普通の観光客やビジネスマンが乗っているのが違う。かつてはもっと怖い感じがあった。

最初に行ったのは、港湾地区に移動したホイットニー美術館。ミートパッキング地区というが、確かに近くは食肉市場でもありそうな感じ。何より8階に分かれた会場のあちこちから海が見えるのがいい。所蔵作品による「肖像」展がよかったが、これについては後日。

昼はチャイナタウンで食べる予定だったが、急に大雨が降ったので美術館の1階で早めの食事。ここの料理は例外的に繊細でハイレベルだった。実は、コロンビア大学の教授がおいしいと教えてくれていたが。値段は高い。

雨が止んだので、タクシーに乗って、グラウンド・ゼロの「9.11メモリアル」へ。たぶん今回のニューヨークで一番心を動かされた。泉のような場所があるので近づくと、ずいぶん大きな四角の池で、水が二重に下に落ちている。四角の外枠の手すりにあたる黒い大理石に犠牲者の名前がえんえんと書いてある。

その1つに近づいて小さなアメリカ国旗を立てる女性や、白い花を飾る老夫婦。私はそこに立つだけで胸がいっぱいになった。アート作品としてもハイレベルで、人を瞑想に誘う。1つ1つの名前が大きな存在感を持つ。

それから25ドルを払ってメモリアル博物館へ。ビルの壊れた鉄骨に始まって、事件当時に撮られた写真や流されたニュース番組。事件を最初から刻一刻と追ってゆく展示には、心が痛んだ。とりわけ2棟のビルに飛行機が飛び込んだり、ビルがあっという間に倒壊する映像には、言葉が出ない。

こんな映像は見せないかと思っていたが、可能な限りすべて見せていた。後半の犯人の分析の展示には鼻白んだが、照明や構成も含めて展示のレベルが高いのに驚いた。

広島の原爆記念館をオバマ大統領が訪問したというが、あの展示はあまりもみすぼらしい。今の建物を使いながらも、現代日本の高い展示技術を使えないものかと考えた。

そのあとは、ふらふらとチャイナタウンやソーホー、リトルイタリーなどを散策。SANAAの建築による、ニュー・ミュージアムにも行った。常に9.11の映像が頭にあったが、チャイナタウンの広場で何百人もの中国人が集まって、将棋や賭け事をしたり、交代で歌を歌っているのを見て、気分が落ち着いてきた。

こうやって歩くと、ニューヨークという街の多様な表情がようやく見えてきた。当たり前だが、やはり海外ではタクシーにばかり乗っていてはいけない。新聞社時代の悪い癖がどうも抜けきれない。

その後は17時頃にベトナム料理店で早い夕食。安くておいしくて親切で、ニューヨーク最後の日の、いい締めくくりになった。

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