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2016年6月 9日 (木)

パリで見るイタリア映画2本

パリに戻った日と翌日にイタリア映画を立て続けに見た。もともとイタリア映画祭をやっていたので、イタリア映画は気になる。1本はピエトロ・マルチェッロ監督の「美しく、滅びて」Bella e perduta。去年のロカルノに出た映画で、昨日の「ルモンド」などで絶賛していた。

最初は牛小屋のなかに、カメラがもぞもぞと入ってゆく。何だか変だと思ったら、だんだんとそれは牛から見た世界だとわかってゆく。トンマーゾは、ナポリの廃墟となった古い城を自分の意思で無償で修復している。そこに道化師(ナポリでは「プルチネッラ」)が現れる。

トンマーゾの努力は認められず、人々はマフィア(ナポリでは「カモッラ」)に味方する。途中からトンマーゾがいなくなり、道化師は牛を育てようとする。しかし人々は牛を殺そうとする。

世の中からバカにされ、追い詰められたトンマーゾと道化師と牛を主人公に、資本主義とマフィアのなかで滅びつつあるイタリアという美しい国を描く。トンマーゾは実在の人物だから、セミ・ドキュメンタリーでもある。しかし牛から見る世界を始めとして、全体は詩的な映像に満ちている。

調べてみたら、今春のイタリア映画祭で「失われた美」という題名で上映されていた。さすが、(私が始めた!)イタリア映画祭である。でも、題名は原題通りに「美しく、滅びて」がいい。これは岩波ホールでいけるのではないか。どこかもう買っているかもしないが。

もう1本は、『見渡す限り人生』など数本が既に日本でイタリア映画祭や劇場で公開されているパオロ・ヴィルツィ監督の新作「狂気と歓喜」Pazza Gioia。今年のカンヌの監督週間で上映されて好評だったが、見逃していた。こちらはコメディの名手ヴィルツィだから、全くトーンは違う。

冒頭からヴァリレア・ブルーニ・テデスキ演じるベアトリーチェの狂気じみた会話が全体を覆う。そこは精神病患者のための保養院ヴィラ・ビヨンダで、そこに複雑な過去がありげな若い女性ドナテッラ(ミカエラ・ラマゾッティ)が加わって、2人は仲良くなる。2人は車を盗んで勝手に旅に出て、それぞれの家族に会いに行く。

映像は2人の狂気を心理的に写すように、手持ちカメラで追いかけ、幻想的な世界を繰り広げる。ベアトリーチェが元夫に会ったり、ドナテッラが息子に会ったりと、2人は周囲の迷惑を一切考えずにどんどん進む。とりわけ、頭がおかしくなった饒舌な金持ち女を演じるヴァレリア・ブルーニ・テデスキに終始圧倒される。

「美しく、滅びて」とは逆に、巧みに計算された映像と会話だけれど、社会全体から見たらマイナーな人々を丁寧にかつ彼らの視点から幻想的に描くという点で、この2本は共通する。来年のイタリア映画祭でたぶん上映されるのでは。

前者は南のナポリ、後者は北のトスカーナ地方が舞台だった。そういえば、「狂気と歓喜」のシナリオは監督と『かぼちゃ大王』など日本で公開されたフランチェスカ・アルキブージ。トスカーナの女性を描くには、彼女が必要だったのだろう。

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