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2016年6月16日 (木)

27年ぶりのニューヨーク:その(6)

ニューヨークで多くの美術館にいったが、自然史博物館と9.11メモリアル以外については書いていないので、思い出しながら書き留めたい。一番良かったのは、グッゲンハイム美術館の「モホリ・ナジ展」。かつては日本語でモホリ・ナギと表記されたこのハンガリー出身の前衛芸術家については、いつか個展を見たいと思っていた。

ハンガリーからドイツに亡命してバウハウスに招かれて、クレーやカンディンスキーと交わる。ナチスによって追放されてからは、アムステルダム、モスクワ、ロンドンと転々とし、1937年にアメリカに移住する。そして1946年に亡くなっている。

昔から名前は知られていたけれども、クレーなどに比べたら圧倒的にマイナーな存在。グッゲンハイムの渦巻きの回廊を下りながら、なぜだろうかと考えた。彼は、絵画、写真、デザイン、映像、立体などあらゆる視覚芸術に挑戦しており、そのすべてで「モダン」な形を提示している。

クレーやカンディンスキーのような絵画の深みを求めず、あくまで前衛的な形をあらゆる分野で追及している。ロンドン滞在中は雑誌などのグラフィックデザインで金を稼いでいたというが、すべての作品がデザインのようでもある。戦後日本の永井一正とか田中一光の作品かと思うようなものも多い。

映像はエイゼンシュテインやマン・レイ、あるいは松本俊夫の作品を思わせるし、立体を見てデュシャンや山口勝弘のことを考えた。絵画はクレーやカンディンスキーやモンドリアンのような幾何学的構成の作品があると思うと、ミロやピカソを思わせるものも。

要するに、20世紀の造形美術にとって最も重要な「動きの表現」に全方向で取り組んで、わずか51歳の生涯を駆け抜けたのだろう。もしあと20年生きていたら、もっと有名な存在になったのではないか。1946年というのは、大戦直後で彼の偉大さをじっくり考える余裕はなかったのではないか。そんなことを思った。

そしてグッゲンハイムの螺旋状の廊下が、なぜかモホリ・ナジにぴったりだった。前に来た時はなかったと思うが、途中には充実した常設の展示もあった。

ニューヨーク近代美術館では、「ドガ展」を見た。これは「モノタイプ」と言われる1点ものの版画を中心としたもので、版画特有の思い通りにならないモヤモヤとした効果を楽しんで風景画を作っているのがよくわかる。印象派というものが、光に目覚めて常識的な遠近法から抜け出す革命だったとすると、ドガはモノタイプを使って同じ道を自分なりに探求していた。

有名な踊り子も浴室の女性や娼婦たちの微妙に色と形の重なった表現が、彼の場合はモノタイプからそのままつながっている。ドガに新しい光を当てる意欲的な展覧会だった。

この美術館は谷口吉生設計の新館ができて広くなったが、渡り廊下から見える吹き抜けの風景など、心地よい空間になっている。そのせいか、常設展を含めてもあまり広く感じない。2Fのレストランも、全体に自然志向でなかなか繊細。

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