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2016年6月25日 (土)

私が日本映画について語るとは

私の専門は日本映画ではない。そもそも「専門」と言えるものがあるかも怪しい。長い間会社員だったので、普通の学者のように、研究テーマを持って修士や博士の論文などを書いた後に教える立場になったわけではないから。

「詳しい」レベルなら、言葉のできるフランス映画か、あるいは映画祭をやっていたイタリア映画か。監督としては、回顧上映を企画したルノワール、ホークス、ラング、ムルナウ、パソリーニ、ヴィスコンティ、ルビッチあたりなら、ほぼ見てはいるが。

ところが海外にいると、日本映画について話してくれと言われる。しかも外国語で。基本的に頼まれた仕事は断らない主義なので、我ながら大丈夫かと思いながらもそんな仕事をいくつか引き受けた。

1つはプラハの日本大使館からの依頼で、英語で「現代の日本映画について」話した。大学に移ってからは話題になった日本映画はおおむね見ているが、さてチェコ人を前にして何について話せばいいのか。そこで黒沢清、河瀨直美、是枝裕和、北野武、三池崇史など海外で知られている監督を中心に話すことにした。

それと2015年の日本での興行収入ベスト10とキネマ旬報ベストテンを見せながら、キネ旬と興収のギャップ、キネ旬と国際映画祭のギャップ、国際映画祭と各国での公開とのギャップについて話した。あえてあまり美学的なアプローチはしなかった。

ところが、その後の質問の半分以上は園子温についてだったのに驚いた。どうも去年カルロヴィ・ヴァリ映画祭に招待されてメディアでも大きく取り上げられたようだ。地元のラジオ番組のインタビューも受けたが、これまた「園子温のエログロを日本人はどうとらえるか」といったコアな質問が多かった。

カルロヴィ・ヴァリ以外でも、プラハ市内でいくつかの地元向け映画祭があり、講演の参加者の多くはそれらをきちんと見ていた。劇場公開されていなくても、国際映画祭に出た映画はおおむね上映されていて、日本映画ファンは押さえている。ちなみに現在は繁華街で『海街diary』が公開中なので、その宣伝もしたが、講演参加者の多くが既に見ていた。

次の仕事は、フランスで9月に出る「日本映画事典」に書いてくれというもの。書き手が見つからずにギリギリで頼まれたようだが、監督の山本嘉次郎について仏語で書いた。大丈夫かな。

その関係から、パリのシネマテークで日本映画の小展示をやるから、そこで見せるビデオのためにフランス語で語ってほしいと頼まれた。日仏関係についてということだったので、1951年のベネチアの『羅生門』、54年のカンヌの『地獄門』、1963年のパリにおける140本の日本映画祭について話した。

9月にはその関連でシンポジウムをやるから出て欲しいと言われたが、フランスの日本映画通の若手3人を前にして、フランス語で私が何が話せるか、不安でしょうがない。早く日本に帰らないと、こんな危うい仕事ばかり受けてしまう。

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コメント

園子温のエログロについて、日本人はどうとらえているか。これはかなりの難問ですね。どう答えたのですか?

投稿: 石飛徳樹 | 2016年6月25日 (土) 08時34分

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