パリジャンの日常:その(8)
フランス人はよくしゃべる。チェコのプラハでも、観光地で一番話しているのはフランス人だ。「この教会より、その前に見たロマネスク様式の教会の方が私は好きだ」とか、他人にはどうでもいいことをえんえんとしゃべっている。なかでもパリジャンはおしゃべりだ。
彼らを見ていると、「話す、ゆえに我あり」ではないかと思う。先日、友人に誘われてある大学の先生の68歳の誕生パーティーに行った。ヴァンセンヌの森のそばの一軒家で、午後1時集合だった。
1時5分ほどに着いたが、まだ数人。1時半を過ぎて20人ほどになり、14時前にテーブルについた。一番遅かったのはジャック・ノロという映画監督で2時半過ぎの到着。
まず座るまで、えんえんと立ち話をする。私はその友人以外は知らなかったが、みんな気さくな人々でどんどん話しかけてくれる。日本に行った時の話、日本映画のこと、あるいは最近のフランス映画をどう思うかなどなど。
庭に丸いテーブルが3つほど出してあって、みんな適当に座る。いろいろな盛り合わせの前菜を食べ終わり、主菜に移ったのは3時頃か。それから席を時々変わったりしながら話す。デザートが4時過ぎからだったか。そこでまたシャンパンが出てきた。
そのあたりで2、3人が帰った。だが大半は残っている。それからコーヒーを飲んで終わりかと思ったら、5時頃から娘が68歳の母への歌を孫と一緒に歌ったり、映像を見せたりというアトラクションも出てきた。
6時半くらいになって、シネマテークに行く時間が迫ってきたので帰ったが、まだ大半は残っていた。私の友人は何と晩ご飯まで食べたという。
実は午後3時には終わるだろうと思っていた。ところが5時間を超す驚異のおしゃべりランチだった。その後シネマテークに行って、『大空はわれらのもの』の後にジャン・ドゥーシェの講演を聞いた。質疑応答の時間の長いこと。みんな必死で自分の意見を言う。
大半はたわいのない内容だが、みんな自信満々で話す。日本ならば司会が「ご意見ではなく、質問をお願いします」と言うところだが、こちらでは全く野放し。
夜の11時近くに自宅に着いた時は、フランス人のおしゃべりにちょっと気が遠くなっていた。
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