ヘルシンキの美術館
わずか60万人のヘルシンキだが、美術館は多い。日本で人口60万人といえば鹿児島市や船橋市。練馬区には70万人も住んでいる。それに比べたら、首都とはいえヘルシンキに10を超す美術館があるのは驚異的だろう。
たまたま友人に勧められたのが、少し離れたところにあるEMMA=Espoo Museum of Modern Art。Espooとは地区の名前で、そこの近代美術館のルート・ブルック(1916-1999)という女性作家の個展が今ヘルシンキで見るべき展覧会とのこと。
すべて陶板を使った作品だが、初期のシャガール風のファンタジーの世界がだんだん変化してゆく。宗教性や人間への思索が進化し、次第に抽象的になる。最後は記号のような世界に到達する。小さなカードのような陶板を並べた作品さえあった。
日本では(たぶん)知られていない作家だが、これは見る価値がある。初期や後期の2、3点を見ただけだとわからないが、このような大きな個展で生涯の軌跡を見ると深く心を動かされる。
中央駅の近くには2つの大きな国立美術館があった。アテネウム美術館では、アメリカの女性画家、アリス・ニール(1900-1984)の大きな個展が開かれていた。彼女の作品はいくつか見たことはあったが、これほどまとめて見るのは初めて。これまた、20世紀を生きた女性芸術家の一生の軌跡を追ったものだった。
人間、とりわけ女性をデフォルメさせていささか露悪的に描く。キューバ人と結婚したこともあって、ラテン的なフリーダ・カーロに似た女性性の発露もあるが、アメリカ的なユーモラスなカリカチュアもある。ひたすら肖像画ばかリを描いている。
大半はナショナル・ギャラリーなどアメリカの大きな美術館からの借用で、相当に手間とお金のかかった展覧会だと思う。日本でこれだけの展覧会ができるかどうか。この美術館にはセザンヌやピカソなどの常設もあるし、フィンランドの画家たちの膨大な所蔵品があった。
もう1つの駅前の国立美術館は、キアスマ現代美術館。こちらでは、日本でも知られるブラジルのエルネスト・ネトの大きな個展が開かれていた。天井から下がる紐を使った、植物を思わせるような作品の数々にはうっとり。いくつものハンモック状の中に寝ることができる作品もあって、子供たちも喜んでいた。
常設ではフィンランドの現代作家たちの展示。現代美術館なのに観客がそれなりに多かったのが驚きだった。わずか3つの美術館を見るだけで、この都市の文化レベルの高さがよくわかる。そういえば、キアスマ現代美術館には、解説パネルなどがフィンランド語、スウェーデン語、英語、ロシア語だった。まるで、この街の歴史を物語るようだ。
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