4ヵ月が過ぎて
パリに来て、いつの間にか4ヵ月が過ぎた。もうあと2ヵ月である。一言で言うと、カンヌまでは長かった。朝起きると気温は3度、最高が10度前後の曇りや雨の日が続いた。4月になっても、長い丈のコートを着て出る日もあった。
その頃は寒いうえに暇だったこともあって、かなり孤独を感じた。4、5日間誰とも話さずに、毎日の食事を1人で食べるのはつらかった。幸いにして日本人の友人が何人かできたので、どうにか持ちこたえた。
がっかりしたのは、かつての仕事上で知り合った著名なフランス人たちの多くが(名前は出さない)、こちらがメールを送っても忙しかったり、返事もしてくれなかったこと。新聞社時代に日本に招待した人々だが、こちらがもはや単なる大学教師になったので、私に会ってもメリットはないと思ったのだろうか。
5月半ばのカンヌからは、だいたい春夏服になった。Tシャツに薄手の長袖シャツとジーンズといういで立ちでカンヌを過ごしたが、パリに戻ると同じような天気になっていた。カンヌでは毎晩のように日本人と会っていたので、それまでの孤独は一挙に解消した。
カンヌの原稿を書き終えた後から、やたらに旅行をした。ニューヨーク、プラハ、ヘルシンキ、タリン、ボローニャ、ローマ、南仏。講演、調査・研究、友人からの誘いなどを適当に当てはめていったら、6、7月の半分近くは旅行していることになった。
これまでになかった人脈も少しずつできてきた。なぜか女性の方がうまくいく。国立映画学校のPさんやシネマテークのEさんは本当に優しくしてくれて、いろいろな人々と知り合いになれた。
さてこれからと思ったら、もうバカンス。だいたい7月14日を境にみんな少しずついなくなる。こちらはこれから長い夏をパリで過ごすことになる。ああもったいない。半年ではなくて1年いることができたら、これから研究もやりやすくなるのに。
というわけで、これから8月末のベネチアまで、人の少ないパリで再び1人の生活を送る。これからは孤独を楽しめそうな気がするが、どうだろうか。最近は30度を超す日もあるが、やはり日本の夏よりは何倍も暮らしやすい。
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