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2016年7月18日 (月)

しっかりルーヴル:その(1)

今回パリにいる間に、しっかりとルーヴル美術館を見たいと思っていた。ちょうど日本人の友人がパリに来たので、一緒に見ることにした。途中の30分の食事を含めて約4時間、たっぷり見た。

これまでルーヴルは何度か来ていた。まず32年前の学生時代に1度。《モナ・リザ》を見て、近くのイタリア・ルネサンス絵画やドラクロアの歴史画を見て、うんざりした記憶がある。観光客も嫌だったが、西洋絵画に執拗な自己正当化のようなものを感じだ。

それから20年以上行っていなかったが、新聞社で展覧会を担当することになって、通い始めた。といっても展示室よりも事務棟に通い、数年後の展覧会の可能性を議論していた。そこで出てきたのが、マリー・アントワネットを巡る展覧会。

そして、その担当となった装飾美術専門のD学芸員に何度も会って、展示内容を決めていった。当然、見るのは18世紀の工芸品、つまり時計やベッドや椅子や書棚や陶器など。日本の美術館が決まると、そこの学芸員を連れて行った。

実を言うと、18世紀の工芸品には個人的に全く興味が持てなかった。しかし当時の私にはそんなことはどうでも良かった。あくまでプロデューサー役に徹していた。美術を裏の舞台からではなく、普通に美的観点から見るようになったのは、記者をやってから。

それからはどんどんおもしろくなった。とくにルネサンス以降の西洋絵画はどの時代も見ても楽しめるようになった。前置きが長くなったが、そういうわけで今回は絵画に絞って見ることにした。まずリシュリュー翼に進み、2階(フランス式)にエレベーターで昇った。

そこから始まる15世紀からの16世紀の膨大なドイツ、オランダ、フランドル絵画。ファン・エイクやボス、ブリューゲルなど私が知っている画家の作品も時々出てくる。ようやくフェルメールを始めとする17世紀絵画が始まると思ったら、ドアが閉まっていた。

聞いてみると、17世紀のオランダとフランドルはすべて閉まっているという。私が怒った顔をすると、係の人が、フェルメールとレンブラントは別の部屋に展示していると教えてくれた。

そのうえ、期待していたジョルジュ・ラトゥールも1点しか展示していない。有名な《いかさま師》がないではないか。そのぶん、ニコラ・プッサンは飽きるほどある。ドイツやオランダ絵画を見た後に見ると、その能天気なまでの官能性は悪くなかった。

見ていると、飽きない。こんなことは今までなかった。この続きはたぶん後日。

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コメント

マリーアントワネットで、思い出しました。
僕は、旅行するときに、全く予習しない。いったところで適当に行動してます。勉強していった方がいいとは思ってますが。
ウィーンにいって、どっかの宮殿の博物館のようなところに行きました。なんか、おばさんのいろいろなものが置いてあって、女房が「マザーテレサってホントは金持ちだったんだね。」といって、「そうだね。」と答えて、そのまま歩いてました。
でも、なんか違う。「ちがうよね。マリアテレジアとかいてあるよね」と二人で、「マザーテレサ」ではないと納得しました。もっとも、「マリアテレジア」って全く知らない名前だったけど。
ルーブル、初めていったときは、午前中1時間ちょっとで、3ウイングのすべての階回りました。ほぼ走ってました。その後、オルセーをまた1時間ちょっとで、全階回りました。絵を見る余裕はなかったような。ルーブルの方が広いですね。

投稿: jun | 2016年7月18日 (月) 21時01分

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