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2016年7月 9日 (土)

チネチッタからコメンチーニへ

ローマでは美術館以外にチネチッタのギャラリーに行った。かつてチネチッタは関係者しか入れなかったが、2011年から一部をギャラリーにして公開していると聞いた。最後のガイドツアーが17:30からだったのでそれに合わせて行ったら、私1人しかいないので今日は中止という。そのうえ、サイトには19:30までと書かれているのに、18:30で閉まると。

だいぶ気分が盛り下がったうえに、展示室はほぼ私1人だった。1937年から89年までのイタリア映画史をたどるもので、ロッセリーニ、ヴィスコンティ、フェリーニなどのほか、日本ではあまり知られていない監督も数多く紹介されていた。

映画の一部に加えて写真、衣装、デッサンの数々。とにかく知らない映画が8割はあって、イタリア映画にくわしいと思っていた自分が恥ずかしくなった。俳優もトトさえ数本しか見たことがないし、アルベルト・ソルディやヴィットリオ・ガスマンに至ってはイタリアでは有名でも日本ではピンと来ない。

結局、国内から見たイタリア映画史で、外国人には相当難しいように見えた。そのうえ、映像には英語字幕がないものも多かった。出口にグッズショップやカフェがあったが、ここも誰もいなかった。早く閉めると言った理由がわかった。

もっとイタリア映画を知りたいと思ったら、ルイジ・コメンチーニの「日曜日の女」La signora del domenica(1975)の復元版をパリで再公開していた。日本では未公開だが、マストロヤンニ、トランティニャン、ジャックリーン・ビセットというので期待して見に行った。

これが何と大外れ。かつてのイタリア映画では当たり前だが、すべてアフレコで、ジャックリーン・ビセットのイタリア語がまるで吹き替え映画のようで特にひどい。彼女がイタリアのテレビの昼メロを演じているような声を出す。トランティニャンは少しマシだが、彼らしい声色はゼロで単なる間抜けな男に見える。

刑事を演じるマストロヤンニはさすがにエレガントで、見事に事件を解決するが、有閑マダムのビセットは美しいだけだし、彼女の恋人役にトランティニャンも少年を愛しているが煮え切らない。全体にぬるま湯のような刑事もので、犯人は全く別の人間でしたというのだからたまらない。

殺人の凶器が巨大な鉄の男性器というのはおもしろいかと思ったが、変人芸術家の作品。最後にとって付けたようにビセットとマストロヤンニが裸でベットにいたのには口をあんぐり。そこに一瞬見えるビセットのお尻や胸が唯一の見どころか。

どこの国にも、スターを使っただけのどうでもいい喜劇がある。コメンチーニと言う監督は『パンと恋と夢』(53)とか『ブーベの恋人』(63)とかが面白かった記憶があるが、こんな程度だったか。しかしフランス人の観客にはかなりウケていたので、私が「ラテン的」ユーモアを解さなかったのかもしれない。

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