オリンピック嫌いから映画祭嫌いへ
ようやくオリンピックが終わった。パリのアパートにテレビはあるが、そもそも見ない。それでも新聞は読むので、日本もフランスもオリンピックの記事が増えてうんざりする。あるいはフェイスブックで映像が流れる。日本はメダルの獲得数が過去最多らしいが、そんなことがどうして嬉しいのだろう。
一番嫌だったのは、クロージングの日本の映像。フェイスブック経由で見たが、「クールジャパン」とやらのなれの果てを見た気がした。そのうえ、ネット上では日本の若者が絶賛しているという。
この夏はフランスにいてもスポーツにやられた。まず6月10日から1ヵ月はサッカーの欧州選手権。奇妙な格好をしたサッカーファンがパリに溢れた。それが終わるとツール・ド・フランス。これは自転車のフランス一周競技らしく、何週間もやっている。
フランスのバカンスのイメージは、海の家で家族で水着を着てテレビでツール・ド・フランスを見る感じ。だらだらとテレビをつけっ放しにしているのは、日本だと高校野球に近いか。
ツール・ド・フランスも、日本の高校野球も、オリンピックも終わった。そうしてパリでは今週からようやくお店が再開し始めている。やっと日常に戻れるのは嬉しい。
しかし月末にはベネチア映画祭に行かなければならない。正直に言うと、もう映画祭は飽きた。これまたオリンピックのように当事者以外には不毛なものだ。
3月末にパリに着いて、空港でスーツケースを2日間ももらえなかった。これは労働法改正反対のストによるもの。それから6月末までは、ストのデモ行進でうるさかった。その間、カンヌに行った。これまた人が多くてどっと疲れた。
その後、ボローニャの復元映画祭に2日、ロカルノ映画祭に6日。そしてこれからベネチアでまた騒ぐ人々のなかに混じると思うと、本当にうんざりする。
つまりは、ストもオリンピックも映画祭も苦手だ。人間の愚かさがよく見える。1人で映画館で映画を見て、1人で本を読むのが一番。半年パリで過ごして、なぜか人間嫌いになった気がする。
そんなことを考えていたら、東京国際映画祭のオープニングが『マダム・フローレンス!』という知らせが来た。原題はFlorence Foster Jenkinsで、最近パリで見てここで書いた。そこそこの作品だが、既に世界各地で劇場公開済みの映画を国際映画祭のオープニングにして、わざわざ外国から来た審査員や監督たちに見せるとは。
例によって、配給元のギャガがその夜のオープニング・パーティ費用を持つからだろう。予算が倍増したのに、映画業界で支えあう姿勢は相変わらず。
パリで映画祭が嫌だというのは贅沢に思えてきた。東京は本当にひどい。急に帰りたくなくなった。
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