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2016年8月23日 (火)

シャルル・グレールからビキニへ

ベルリンから来た友人がオルセー美術館に行きたいと言うので、「シャルル・グレール展」を見ることを条件に付き合った。実はこの画家の名前は聞いたことがなかったが、ルノワールやモネの師だったアカデミズムの画家というだけで見たくなる。フランスで初の個展らしい。

スイス生まれで、1930年代に中近東を旅行して、リアリズムの光る精緻なデッサンを大量に残している。1943年のパリのサロンで《夕方》が入賞し、巨匠の仲間入りをする。いわゆるアカデミズムの画家として知られ、扱うのは神話のテーマばかりで、ロマンチックな雰囲気なのに個々の人物は異様にリアル。

まるで科学者のような冷たいタッチが目立つ。そして神話の中の裸女たちは、アングルのような個性あるスタイルはなく、体の均衡や背景とのバランスが計算され尽くされている感じ。ルノワールの絵も参考で展示されていたが、確かにその観察力はつながっている。

この画家は数点がサロンで展示されると、いくつかの注文仕事のほかは、パリ美術学校の教師として後進の育成に専念していたようだ。アングルやドラクロワに比べると全く無名なのは、スイス生まれのせいか、作品が少ないからか。今回の展覧会も大半の作品はスイスのローザンヌから。

彼が教えていた1850年代から70年代のフランスは、「第2帝政」と言われる産業革命の時代。オスマンによる道路拡張計画が進行し、今のパリができつつあった。そんな時に一切現実を描かないグレールは何を考えていたのだろうか。

女性の裸が気になってモヤモヤしていたら、「ビキニ70年展」という展覧会がおもしろそうだという話を日本の友人から聞いた。空いた時間にマレー地区の画廊に行った。「ビキニ」はルイ・レアールが1946年に初めて発表したらしい。46年にプールで発表会をやってスキャンダルになった。

1950年代までは反対も多かったが、マリリン・モンローやブリジット・バルドーなどが映画で見せてからどんどん広がった。実際には、1968年の5月革命以降に一般に普及したようだ。

大半が写真で、ビキニの現物も20点ほど展示してあったが、展覧会としてはおもしろくもおかしくもないし、300平米で小規模。解説の文章だけが興味深かった。

私にとっては、ビキニと言えば、1970年代の少年時代に忽然と現れたアグネス・ラム。もちろん、こちらの展示にはアグネス・ラムは出てこない。日本の水着をめぐる展覧会ならおもしろそうだが。

そういえば、「ビキニ」という名前は、原爆実験の行われたビキニ環礁から来ている。1946年の原爆実験の数日後に新しい水着を発表するにあたり、そのショッキングな映像を見て採用したというから、ずいぶん無神経な話だ。既に広島や長崎の後だし、その後ビキニの実験の影響で第五福竜丸事件なども起きているのに。

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