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2016年8月13日 (土)

24年ぶりのロカルノ:その(4)

今回のロカルノで思うのは、女性監督の活躍だ。コンペ17本のうち6本が女性、先日書いた男女で監督した「スラヴァ」と「ミスター・ユニヴェルソ」を加えたら8本になる。これはたぶん意識的な選択だろう。カンヌやベネチアでは、コンペに女性が1人いたらいい方だから。

一番驚いたのは、コンペのタイのアノチャ・スウィチャコンポン監督の「暗くなる時」Dao Khanong (By the Time It Gets Dark)。最初の野原の移動撮影から、映像の繊細さに目を奪われる。

田舎の宿屋で若い女性映画監督と女性小説家の対話が始まり、2人の物語かと思うと、物語はどんどん複雑になる。 彼女たちにコーヒーを出す女性が、仕事を転々とする話、そこに来たスターのピーターとその女友達の物語。

女性作家は1970年代のタイの軍政について語る。その白黒の映像。写真も混じる。さらに冒頭の2人とほぼ同じような話が、全く別の俳優によっても演じられる。かなり難解だが、それでもついていけるのは、すべてが感受性豊かな映像で見せられることだろう。

アピチャッポンのようなとんでもなさはないが、アート系の監督として相当の実力。まだ日本では紹介されていないのではないか。これはフィルメックスにぴったり(また、大きなお世話)。

この映画ほどは驚かないが、アルゼンチンのミラグロス・モメンタラールの「湖の考え」La idea de un lagoもかなり魅力がある。イネスは妊娠中だが、ある1枚の写真から軍政で殺された父を思い出す。彼女の日常と少女時代の過去が入り混じり、不思議な時間が続く。

これまたいささか前衛的だが、映像の力が全体を支えている。いささか「女の子」映画的な部分が弱さかもしれない。

ブリガリアのラリツァ・ペトロヴァ監督の「ゴッドレス」Godlessは、老人介護を仕事にする女性ガナを描く。恋人の指図で老人の身分証明書を奪って売りさばく商売をしているが、嫌気がさしている。恋人ともうまくいかなくなり、母とも難しい関係。

何とも陰鬱な話が続くが、ガナが宗教歌を歌う患者の老人の1人に出会ってから変わってゆくのに救われる。それにしても、老人介護の暗い面をこれほど克明に描かれると、本当に気が滅入る。いまや、世界共通の問題だから。

女性監督を入れればいいというものではないが、これだけの才能を集めるのは相当の調査・発掘が必要だろう。1946年にできたロカルノは、伝統に溺れずに明らかに生き残る努力をしている。

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