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2016年8月 7日 (日)

『ファーゴ』に考える

全く恥ずかしい話だが、コーエン兄弟監督の『ファーゴ』(1996)を始めて見た。厳密には監督はジョエル・コーエンとクレジットされているが、イーサンと共同脚本だし、イーサンが製作なので兄弟の作品だろう。

実を言うと、90年代半ばから2000年代前半は、日本やアメリカのメジャーな映画はほとんど見ていない。93年に新聞社に移ってから、マグリット展やポンピドー・コレクション展などをやりながら、映画百年企画やジャン・ルノワール、ハワード・ホークスの全作品上映などをやっていた。2001年からはイタリア映画祭も加わったし。

私はこれまで映画以外のことをたくさんやったので、その分映画の基礎の基礎が時々抜けていて恥ずかしい。言い訳はこのくらいにして、さて『ファーゴ』はどうだったか。

一言で言うと、うまいけれど評価され過ぎという気がした。まずは見ていてどの登場人物もおかしい。冒頭、車のディーラーのジェリー(ウィリアム・H・メイシー)が、バーでカール(スティーブ・ブシェミ)とゲア(ピーター・ストー・メア)のチンピラ2人と会うシーンから笑ってしまう。

そこにジェリーの化粧っ気なしの妻やその父、それから事件を解決する妊娠中の女性警官マージ(フランシス・マクドーマンド)と同業者の情けない夫が加わる。出てくる人全員がカリカチュアのようで、いかにもさえない。とりわけみんなに「チビでヘンな顔」と言われるスティーブ・ブシェミは、見るだけで嬉しくなる。

そこに加えてヒッチコックばりのサスペンス。前半でジェリーの妻が誘拐されるシーンでシャワールームに隠れている場面などはまさに『サイコ』のよう。

ヒッチコックと違うのは、血も涙もない残酷さを随所に出すこと。もちろん残酷そのもののシーンはあまり見せないが、およそヒューマニズムというものを正面から否定するように、善人たちがどんどん死んでゆく。終盤で警官のマージがゲアを見つけると、相棒カールの足を粉砕機に入れているところなのだから。

見るだけでおかしい登場人物を並べ、サスペンスタッチながら予想を裏切るような殺戮シーンをどんどん入れる。訴えたいことなど一切ないと言わんばかりの潔さ。見て楽しかったが、もっと面白い映画はいくらでもある。

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