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2016年8月17日 (水)

『風櫃の少年』ノスタルジア

久しぶりに侯孝賢監督の『風櫃の少年』(1983)を見た。ボローニャのラボにスコセッシのフィルム・ファウンデーションがお金を出した4K復元版だが、今回はベルギーのシネマテークがイニシアティブを取ったようだ。昨年のベネチアのクラシック部門に出ていた。

この映画の風櫃の風景を見ると、1990年の台湾旅行を思い出す。『非情城市』(89)を見て感動してしまった私は台湾旅行に行ってしまったのだ。この監督の映画は、既に『童年往事』(85)や『恋恋風塵』(87)を見て大好きだった。

4月に『非情城市』を見て腰が抜けるほど衝撃を受け、さらにこの『風櫃の少年』もようやく劇場公開されたので見に行った。そこでいてもたってもいられなくなって、台湾へ出かけた。

行ったのは、高雄、台南、台北、基隆、九份、風櫃など、この監督の映画が撮影された場所にすべて行った。風櫃は澎湖島という島にある。澎湖島には台南からフェリーに乗った。そこから風櫃へはバスで1時間ほどだっただろうか。

だからこの映画の冒頭で寂しい風櫃の街が出て来た時、懐かしくて切なくて体が震えた。あの波の音、風の音、潮の匂い、掘っ立て小屋が並ぶ町並み。

そもそもこの映画自体が切ない。徴兵を待つ風櫃の少年たちが、何をしていいかわからずやるせなく時間を過ごすだけなのだから。付近の少年と喧嘩をしたり、警察に怒られたり。家の前には、野球の事故で前頭部分が欠けて廃人同然の父親が籐の椅子に座っている。

3人は知り合いを頼って高雄に行く。そこで紹介された宿には、美しい娘が男性と暮らしてゆく。男性が娘を捨てて出てゆき、3人のひとり、アーチンは彼女と次第に仲良くなる。

時おり、バッハやヴィバルディが物悲しく響く。この監督の映画でこれほどセンチメンタルな要素を前面に出した映画はないのではないだろうか。もちろん彼のことだから、クロースアップを避けて奥の深い画面で少年たちを風景と共に丸ごと見せる。彼らの高雄の家を滑らかに移動するカメラの美しいことといったら。

そして、高雄に行くフェリーを見せずにいきなり混雑する高雄を見せたり、アーチンの葬式も一部しか見せないなど、ほとんど小津のような省略も際立つ。最後の音楽カセットを3つ50ドルでたたき売りするシーンは、バッハの音楽と共に永遠に忘れがたい。こんな流れてゆく時間の喪失感を表現できるのは、映画しかないだろう。

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