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2016年9月29日 (木)

晩節を汚すべし

講談社の読書誌「本」がなぜか毎月送られてくる。意外に読むところが多い。不在中の半年分に一挙に目を通すと、ある号に桐野夏生の「晩節汚すべし」という文章があった。講談社から出た彼女の新刊『猿の見る夢』について自ら語ったものだが、実におもしろい。

この小説は、元エリート銀行員で出向先で役員になった59歳の男、薄井を描いているらしい。彼が不倫をきっかけに仕事や家庭で「晩節を汚す」話のようだが、桐野夏生の宣伝文のシメがよかった。

「「晩節を汚す」という言葉がある。歳を取ってから馬鹿をやって、これまでの実績や評判を地に落とすことを指す語だが、大いに晩節汚すべし、である。人間は決して、悟ったふりなどしてはいけない。つまらぬ人間になるよりは、馬鹿にされる方がマシだ。だから、秘密だらけの薄井が大好きなのだ」

この文章を読んで、すぐに小説を買った。主人公の59歳という年齢は私に近いが、アパレル会社の役員で愛人がいてさらに恋人を求め、家庭では実家の相続で妹ともめるという設定は、私とはほど遠い。それでも、「わかる、わかる」と読み進んだ。

とにかくすべてがおかしい。母の葬儀に愛人の美優樹が派手な格好をして現れるシーンなどは、電車の中で「おおー」と思わず声をあげてしまった。

「体の線を強調したスーツの襟元には、黒のレースが豪華に幾重にも畳まれて、そこから覗く黒真珠のネックレスはご丁寧に二連である。十センチはあるハイヒールに、バッグは黒のエルメス」
「ここで一本指を立てられたらどうする。「私には一千万」と」

物語は、妻が連れてきた女占い師長峰が登場することで、ファンタジーの要素を帯びる。彼女が出てこなかったら、あまりにリアルでやりきれからないだろう。

「週刊現代」に連載されたものだが、不倫といい、社内政治といい、遺産相続といい、中年会社員たちの話題になったのではないか。私のように、全く環境が違う者にも通用する何かがある。それこそ、人間の愚かさだろうか。

面白すぎて、すぐに読み終えてしまった。いまどき、「晩節汚すべし」と言い放つ桐野夏生はすばらしい。

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