« 映画以外のベネチアの話:その(1) | トップページ | これで最後か、ベネチア映画祭:その(7) »

2016年9月 9日 (金)

これで最後か、ベネチア映画祭:その(6)

去年も今年も日本映画がコンペにないが、その代わりに中南米の映画が目立っている。コンペでおもしろかったのは、マリアノ・コーンとガストン・デュプラ共同監督のアルゼンチン映画「名誉市民」El Ciudadano ilustre。ノーベル賞を取ったアルゼンチンのサラスという村出身の作家、エドアルド・モンテヴァーノは、長年バルセロナに住んでいた。

冒頭にノーベル賞の授賞式。それから5年後、あらゆる講演や勲章を断っている彼の日常が写る。だが故郷のサラスから来た招待状に興味を持ち、秘書なしで出かける。そこでは旧友たちが迎えてくれ、かつて好きだったイレーネにも会えた。しかし村の歓迎は次第に妙な方向に進む。

人生の悲喜劇をこれほど巧みに描いた映画は珍しい。とりわけ小説家を主人公とした映画としては、最高ではないか。小説家はあくまで誠実な姿で接するが、村民との乖離は開く一方。幼馴染のイレーネとの再会は痛切だが、それは思わぬハプニングで喜劇に代わる。

チリのクリストファー・マレイ監督「盲目のキリスト」El christo ciegoは、妙な存在感を持つ。ある時自分には特別な力があると信じた若者が、奇跡を起こす。しかしそれは長続きしない。

それだけの話だが、主人公を演じる俳優を始めとして、登場人物がすべて本物のようで、荒れ果てた貧民街と共にドキュメンタリータッチで描かれている。85分という今回のコンペ一短い時間も含めて、一瞬キツネにつままれたような感じを持った。

メキシコのアマト・エスカランテ監督の「未開の地」La region salvajeは、性を媒介にもつれる人間関係を描く。アレハンドラは夫アンヘルに興味が失せている。アンヘルは彼女の弟と関係を持っているが、弟は別れたがっている。弟はアレハンドラの親友の女性に惹かれ始める。

冒頭の蛇に全裸で巻かれている女性のシーンを初めとてして、時おり夢のようなシーンが挟み込まれる。マジック・リアリズムと言うべきか、人間の深層心理が歪んだ形で映像化されている。ただ、見終わると気持ち悪さが残って、夕食がいまひとつ進まなかった。

コンペにもう1本チリの監督パブロ・ロレイン「ジャッキー」があった。英語の映画で、ケネディ暗殺直後の夫人のジャックりーヌ夫人(ナタリー・ポートマン)を追ったもの。私にはあまりピンと来なかったが、評判は悪くない。今年も去年に続き中南米勢の活躍が目立つ。

|

« 映画以外のベネチアの話:その(1) | トップページ | これで最後か、ベネチア映画祭:その(7) »

映画」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/537538/64164531

この記事へのトラックバック一覧です: これで最後か、ベネチア映画祭:その(6):

« 映画以外のベネチアの話:その(1) | トップページ | これで最後か、ベネチア映画祭:その(7) »