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2016年9月 2日 (金)

これで最後か、ベネチア映画祭:その(1)

また、ベネチア国際映画祭に来てしまった。3月にパリに来てから、カンヌ、ボローニャ、ロカルノと行って4つ目の映画祭。前にも書いた通り、もう映画祭には飽きてしまったが、ベネチアは既に某新聞に書く約束をしてしまったので行かないわけにはいかない。

それでも飛行機が水辺のような場所に着き、ヴァポレットでリド島に向かっていると、心が高揚してくる。まるで夏の終わりを惜しむようにリド島の海岸沿いを行き来するのは、何とも優雅で気持ちがいい。

今年はSala Giardino=ジャルディーノ館という新しい会場が加わった。もともとカジノの横のこの場所は、10年ほど前、新映画宮殿の建築予定だった。ヘルツォーク&ムードンの建築も決まり、整地をしていたら、大量のアスベストが発見された。5階立ての宮殿を立てると深く掘らなければならず、すると膨大なお金がかかることがわかった。

その後は青いビニールが掛けられたまま、長くほったらかしだった。そこに今年プレハブの500席ほどの劇場ができた。そこでやる映画のために「ジャルディーノの映画」という新しいセクションも作られた。オープニング上映は韓国のキム・ギドクの「網」The Net。

始まる10分ほど前から、会場の数カ所で電気ドリルの音がした。見てみると、椅子がきちんと固定していないらしく、「ここも動く」と声が上がるとドリルを持った数人の係員が、椅子を固定していた。「ここもおかしい」「グラグラする」という声のたびに、係員が走る。「ジー」「ジー」

時間になっても終わらない。10分ほど遅れて一応済んだ頃に、施設の代表らしき人が前に出て謝罪し、すぐにキム・ギドク監督たちが入場してきた。彼らが拍手で迎えられていると、また「椅子が壊れてます!」という声がした。電気ドリルを持った男が走った。まだその音が終わらないうちに暗くなり、映画祭のクレジットが始まった。

「ジー」という音は映画祭のクレジットが終わったその瞬間に止んだ。そして係員は去って観客数名は座り、映画は何事もなかったかのように始まった。

さて、「網」はどうだったかというと、この監督特有のエログロをユーモアと抒情で描く作品だった。北朝鮮の国境で魚を取る男(リュ・スンボム)が、間違って韓国領土に入ってしまう。韓国ではスパイ扱いをされて厳しい取り締まりを受けるが、結局北に返される。北に帰ると英雄として迎られるが、やはりスパイとみなされる。

冒頭の主人公の子供の前での妻とのセックス(これは終盤の同じようなシーンに呼応)、舌を噛み切って死ぬ北の本物のスパイ、ソウルの娼婦とのやりとり、ドル札を飲み込んで持ち帰る場面など、いわゆるグロテスク・リアリズム。

南北の双方の公安警察を笑い飛ばすという大仕掛けに、エログロを交え、時おり情緒的な音楽を強力に流す。なんだかこの監督のケレン味たっぷりの手法だけが目立った感じ。それでも映画が終わって再び拍手が始まると、もう椅子の問題はみんな忘れてしまったかのよう。さてこれからジャルディーノ館は大丈夫かな。

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コメント

映画館いろいろありますね。
昔、親の実家の小豆島で映画館にいったことがある。その映画館、「寒霞渓座」とかいったと思う。で、そこは常設の映画館だったとは思うけど、地べたにゴザを敷いてそこに座って映画を見る。ゴザを借りると金が掛かるというので、親戚の家のゴザを持っていって、それに座ってみた。さすがに、東京ではそんなところはなかったと思う、昭和30年代でも。

投稿: jun | 2016年9月 2日 (金) 19時33分

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