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2016年10月 7日 (金)

『皆さま、ごきげんよう』のわからない楽しさ

とにかく謎めいていて、わからない。だけどそれが楽しい。12月17日公開のオタール・イオセリアーニ監督『皆さま、ごきげんよう』を見て、そう思った。今回の新作は、何とフランス革命のギロチンのシーンから始まるのだから。

パイプをくわえたまま、ギロチンにかかる貴族と落ちた首を大事そうに白布に包む若い編み物女。次には現代の戦争の場面になり、兵士たちは村に火を放ち、強奪を始める。かと思うと妙な牧師が現れて、兵士たちに洗礼を始める。牧師が軍服に着替えると入れ墨だらけ。

こちらの場面の方が長い。会話はフランス語ではないから、舞台は監督の出身地のグルジアか。もう、出だしから謎と滑稽に溢れている。始まって10分ほどたっただろうか、それから突然、舞台は現代のパリに移る。

姉妹がローラースケートに乗りながらスリをしたり、浮浪者がローラー車にひかれてペシャンコになったり、まさに無秩序。かと思うと、アパートから覗きをする警官や、骸骨を集める人類学者や古書を武器と交換する偉そうな管理人などが住むアパートが出てくる。

どうも同じアパートに住むこの3人が中心のようだが、話はあちこちに飛び、まさにとりとめがない。賑やかなエピソードが際限なく並ぶお祭のような感じは、ジャック・タチの映画に近いか。みんなよく酒を飲み、しばしばクラシック音楽が流れる。その古きよきパリを懐かしむ感じも含めて。

いくつもの悪だくみが仕掛けられているようで、結局不発に終わる感じは、あるいはジャック・リヴェットの映画に似ているか。そんなことを考えていると、登場人物たちが、フランス革命の場面や戦争のエピソードに出てきたことに気がつく。もちろん誰がどこで出たかは1回見ただけでは思い出せないが。

根底には、庶民たちの陽気で怖いもの知らずの活力があり、あらゆる権威的なものに反対するパワーが漲っている。でもそれを強く主張するのではなく、何となくじわりと感じさせる。その地味な土臭さは、フランス的というより、グルジアに近い感じか。

今風のパリも、観光地も一切出てこない。パリから帰ったばかりの私としては、5区のRue des Ecolesとか13区のSaint-Jacques駅とか14区のRue Messierとか気になった。左岸の何気ないパリばかりだが、それがこの映画にあっている。

「何のことかわからない」という観客もいるかもしれないが、私は「わからないけど、楽しい」と思った。もう一度見たら最初の2つのエピソードの登場人物が、現代のパリで誰に当たるかはっきりするだろうが、これは謎のままでもいい。今年82歳の巨匠ならではの、軽やかな一筆書きだから。

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