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2016年10月17日 (月)

村上春樹の自伝的エッセーを読む

気付かれた方もいると思うが、パリに滞在した半年間に、読んだ本のことは一度も書いていない。通勤というものがなかったし、地下鉄に乗っても落ち着いて本を読めなかったこともある。しかし実は時々、寝る前などにアマゾンのキンドルを使って読んでいた。

読んだのは荷風と鴎外と漱石がほとんど。2、3冊日本の話題の新書も読んだ。なぜここに書かなかったかは、今となってはわからない。外国にいたのでほかに書くことがあったことのは間違いない。あるいは、電子書籍はモノが手元にないので、後になると書く気が起きなかったのか。

そんなわけで、私の中の明治の文豪たちは遥かかなたに行ってしまった。今後、電子書籍はもう読まない気がする。少なくとも国内では。

帰ってきて、桐野夏生の『猿の見る夢』の次に読んだのが、何と村上春樹の文庫本エッセー『職業としての小説家』。実は、もし彼がノーベル賞を取ったらWEBRONZAに何か書いてくれと言われていて、オビに「村上春樹の語る「村上春樹」」と書かれていたので、参考になるかもと思った。

彼は受賞しなかったけれど、この本はいろいろな意味でおもしろかった。一番興味深かったのは第一章で、誰でも小説家になれるかというところ。彼が言うには「小説をひとつふたつ書くのは、それほどむずかしくはない。しかし小説を書き続けること、小説を書いて生活してゆくこと、小説家として生き残ってゆくこと、これは至難の業です」

これはよくわかる。芸能人とか、会社員とかいろいろな人が小説を書く。場合によっては賞も取る。だけど作家として一生生きている人はかなり少ない。そもそも小説家志望で文学賞を取っても、いつの間にかいなくなる人は限りなく多い。

別の章で、彼は小説を書き続けるためには体力が必要と言う。それで彼は毎日ジョギングをする。「心はできるだけ強靭でなくてはならないし、長い期間にわたってその心の強靭さを維持するためには、その容れ物である体力を増強し、管理維持することが不可欠になります」

実は村上春樹に対しては、学生の時からいつも抵抗があったし、今でも彼の小説はどこか腑に落ちない。しかし、体力を重視する考えは、実は長年私の考えであった。「非日常的でクリエイティブな思考は、規則的な生活から」というのが、私の学生時代からのスローガンだった。

今回の彼のエッセーについても、あちこちで気になることがあるが、体力重視というところは、とりあえず全面的に同意したい。

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