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2016年10月23日 (日)

「結婚詐欺」と言われた村上春樹

もう一度だけ、村上春樹のエッセー『職業としての小説家』について書いておきたい。今では村上春樹と言えば、ノーベル賞候補だし、あまり批判する人はいないだろうが、かつては「多くの批評家から嫌われ、批判されてきた」と本人も書いている。

「ある高名な批評家からは「結婚詐欺」呼ばわりされたこともあります。たぶん「内容もないくせに、読者を適当にだまくらかしている」ということなのでしょう」「結婚詐欺というのは犯罪ですから、そういう表現はやはりいささか礼節(デリカシー)に欠けるのではないかという気がします」

言葉は丁寧だけれど、「結婚詐欺」という言葉に相当怒ってることがよくわかる。この言葉を用いたのは蓮實重彦氏だと思うが、これを聞いた時、私は正直なところ「うまいなあ」と思った。

彼の最初の小説『風の歌を聞け』は、1979年に出てから2、3年ほど後に読んだと思う。その時の肩すかし感というか、「カッコいいけど、これは違うよ」と思ったことをよく覚えている。それからしばらくして、学生の掲示板に「自主映画の主演女優求む。『風の歌を聞け』が好きな女の子だといいなあ」というのがあった。

これを書いた学生は、私が当時付き合っていた女性Mさんに時々ちょっかいを出していたS君だった。私は彼女の前で「『風の歌を聞け』を好きなSは頭が悪い」と罵倒した。「あんな小説は、大江健三郎や中上健次に比べたらカスだ」とも。Mさんは、いきり立つ私にあきれていた。

それから数年がたち、大学院の時にパリで夏休みを過ごした。その時に私は『1973年のピンボール』と『羊をめぐる冒険』の文庫本を持って飛行機に乗った。もうアレルギーはなくなって、「気楽にすいすい読める、気持ちのいい本」くらいの気分だった。

その頃仲良くしていた女性、Sさんのお兄さんがパリにいて、理由は忘れたが、私の住んでいた5区のアパートにやってきた。彼は2冊の本を見て、「こんなの読んでいるんだ」と馬鹿にした顔で私を見た。私は必死で弁解した。

そんなこんなの青春の感情のもつれもあってか、「結婚詐欺」という言葉が、妙によくわかる。いかにもおいしい話に見えて、実はワナがあるような、そんな感じ。それでもやはりどこか惹かれてしまう。

そんなわけで、今も村上春樹の新刊が出るたびに読んで、ここやほかの場所にいつも文句を書いている。

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