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2016年10月29日 (土)

乗り気のしない東京国際映画祭:その(3)

コンペのフィリピン映画『ダイ・ビューティフル』が良かったので、「アジアの未来」部門のフィリピン映画『バードショット』を見た。ミカイル・レッドという今年35歳の監督の第2作で、前作『レコーダー 目撃者』がこの映画祭で上映されたようだが、見ていない。

今回の『バードショット』は、コンペの星取表ならば、★★★★★をあげたいくらいすばらしかった。娘に一人で生きてゆくことを教える農場主の物語と、バスの乗客全員が行方不明になった事件を追う刑事たちの物語が、奇妙に交錯してゆく恐ろしいドラマだった。

アニミズムというか、自然に神が宿るような雰囲気が風景や室内に漂う。少女は父に教えられて、猟銃を打つことを覚える。若い刑事はバス事件を必死で追いかけるが、それは上司の命令で急に中断させられ、絶滅危惧種のフィリピンワシが死んだ犯人探しを命じられる。

バス事件の背後にある政治的陰謀は最後までわからない。しかしまるでその悪魔的空気が映画全体を支配して、これが土地のアニミズムにつながってゆく。ラストのショットの衝撃には腰を抜かしそうになった。その底なしの恐ろしさは、ラヴ・ディアス監督作品に近いかも。

これはコンペに入れるべきだった。今年のカンヌはルーマニア映画が2本コンペにあったが(1本は東京国際映画祭で上映される『シエラネバダ』)、これは今のルーマニア映画に勢いがあるから。この2年ほどベネチアのコンペに中南米映画が4、5本入るのも同じ理由。

東京でやる映画祭には、「まさに来ている」フィリピン映画が2本くらいあってもかまわないはず。考えてみたら、アジア部門があるのが、今ではおかしい。

かつてこの映画祭の始まった1984年から90年代くらいまでは、アジア映画が上映される機会は日本でも海外でも少なかった。だからそれを東京で英語字幕付きでやる意味はあった。ところが今やアジアの国々の映画は世界レベルに達し、欧州の国際映画祭を賑わしている。

そうなった時に、なぜ東京にアジア部門があるのか、不思議に見えてきた。むしろ欧州の映画祭に入りきれないほど豊作のアジア映画を中心にコンペをやるのが、一番カッコいいのではないか。アジア部門は、先鋭的表現の部門や第一回作品の部門などに変えたらいい。

『バードショット』のすばらしい出来に、そんなことを考えた。

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