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2016年10月11日 (火)

パリは移動祝祭日:その(3)

前回、シネマテークの座談会の話を書こうとして、パスカルさんの基調講演で終わってしまった。さて、その後の座談会に出席したのは、パリ日本文化会館映画担当のファブリス・アルデュイニさん、「カイエ・デュ・シネマ」誌などに日本映画について書くステファヌ・ドゥ・メスニルドさん、シネマテークのエミリー・コキーさんに私。

ファブリスさんはたぶん私と同世代で、日本語もできる。ステファヌさんは1回りほど若く、エミリーさんはさらに1回りくらい若いが、この2人は日本語はできない。司会はパスカルさん。

まずエミリーさんが、1963年のシネマテーク初めての日本映画祭について語った。140本を上映したこの企画は、アンリ・ラングロアと川喜多かしこ夫人の共同作業だったことも。

私はそれに付け加えて、これが前年に日本で開催されたフランス映画祭との交換だったこと、これらはラングロアとかしこ夫人が1960年に来日したアンドレ・マルロー文化大臣に頼んで日本政府が引き受けたこと、日本政府の予算で焼かれた80本余りのニュープリントが将来のフィルムセンターの最初の大きなコレクションとなったことなどを語った。

それから、ファブリスさんが1997年に開館したパリ日本文化会館での日本映画の上映について語った。古典を中心に新作も上映したことが、その後の国際映画祭での日本映画の活躍につながったのではないかと。

私は、97年はカンヌで今村昌平の『うなぎ』がパルムドールを取り、河瀨直美の『萌の朱雀』がカメラドール(新人賞)、ベネチアで北野武が『HANABI』が金獅子賞を取った記念すべき年で、それ以降は去年まで毎年のように国際映画祭を賑わしたのは、1950年代のようだと述べた。そして、この1年ほどコンペに出ていないのはどういうことだと疑問を出した。

これにはステファヌさんが、似たようなタイプの日本映画が毎年出て少し飽きが来ているのではと説明。まだまだ未公開のいい新作が毎年あるので、今後は期待できるとも。彼は、『ハッピーアワー』のように国際映画祭で上映されながら劇場公開が決まらない作品もいくつか挙げた。

私は同じタイプの映画ばかり選ぶカンヌが悪いのではと挑発したが、さすがに主催者側のエミリーさんが映画学校の問題に話をずらした。

自分が舞台にいたので、実は自分の発言を中心にしか覚えていない。ほかにもいい意見があったはずだが。パリ在住の方が『キネマ旬報』に報告を書くらしいので、くわしくはそちらを。

確かなことは、私がかなり話したこと。日本人の友人はみな「すばらしかった」とお世辞を言ってくれたが、フランス人は「フトシがあんなにフランス批判をするとは」「フトシが一番お洒落だった」とか素直な意見を言ってくれた。

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