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2016年10月16日 (日)

生暖かい日本で:その(6)

日本に帰ってきて、とにかくラクだ。あらゆる場所で待つこともなく、生活の細部が気持ちよく機能している。そんな感じを表現するのに、「カンフォタブル」comfortableという英語を見つけた。先日の朝日新聞のインタビューで緒方貞子さんが使っていた。

彼女は、国連難民高等弁務官として、長年、難民問題の解決に尽力した国際派。パリで呑気に半年暮らしただけの私が比べるのはおこがましいが、海外に比べて日本を表すのに「カンフォタブル」=「気持ちのいい」という言葉は、すとんと落ちた。

フランス語はconfortableと一時違いで、「コンフォルターブル」と読む。どちらにしても、「心地よい」「安楽な」「快適な」くらいの意味だろう。語源はわからないが、confort=「慰め」とtable=「テーブル」「食卓」という言葉があるので、家でくつろいでいる風景が浮かぶ。

緒方さんはその理由を「人と社会が非常にオーダリー(規律正しい)」からと言う。さらにその理由は「突き詰めて考えると、こういった小さな島国にたくさんの人たちがいたら、オーダリーじゃなければ暮らせない」

小さく島国だから規律正しく暮らすようになり、快適になったというが、そんなに簡単に説明できるのかはわからない。しかし、ほかの国から離れて小さな国で大勢がひしめき合ううちに、その中でだけ通用する無言の規則ができて、それに従っていればラクなのかも。

インタビューはこう終わる。「だけど、ほかの国も心地よくならないと、いつかは、私たちも心地よくなくなる。……いくら島国だって日本だけカンフォタブルではいられないから」

既に国内で外国人の犯罪は増えているし、これからもっと増えるだろう。日本人でも今の若い人は、我々の世代に比べたら、定職が見つからず、家庭は複雑になり、犯罪は病的になり、富は一部に集中し、「心地よさ」は減少している気がする。

個人的には、1990年頃のバブル崩壊後に、「心地よさ」が増した気がする。みんながいろいろな意味でガンバリをやめて、日本社会はずいぶん心地よくなった。仕事よりも生活、海外よりも国内に目が向き、日常が洗練さを増したのではないか。

その一方で、格差が生まれた。これからは全体が洗練から退廃に向かう。ラインとかツイッターばかりやっているうちに、いつの間にか「心地よさ」はどんどんなくなってゆくだろう。そんな気がする。

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