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2016年10月28日 (金)

クラーナハの美女たち

何とも「ありがたい」ものを見た。国立西洋美術館の「クラーナハ 500年後の誘惑」展のことである。最近、カラヴァッジォ展とかボッティチェルリ展とかラファエロ展とか、私が展覧会屋をやっていた時には考えられなかったようなルネサンス期や17世紀の大個展が東京で開かれる。

もともとこうした「オールド・マスター」は板に描いた絵が多く、輸送には不向き。そのうえ、数も少ない。だからめったに日本には来なかった。昔は新聞社が大金を払って、○○美術館展をやるか、印象派以降の画家の展覧会をやっていた。その方が観客動員も見込めるし。

最近は、15世紀から17世紀までの個展が増えたが、だいたいイタリアばかり。イタリアの美術館が金欠で日本に貸し出し始めたのかと思っていた。ところが今回はドイツ・ルネサンスの代表選手、ルカス・クラーナハがとうとうやって来た。昔はむしろ、「クラナッハ」と表記したと思うが、「クラーナハ」の方が近いのだろう。

クラーナハと言えば、黒を背景に全裸で立つ女。顔も胸も小さく、真ん丸の小さな乳首が乗っている。手足が妙に長いし、腰のあたりもふくよかなので、娘かと思いきや大人の女だろう。薄い布を細い指にひっかけたり、剣や振り子を掴んだり。あるいは細い剣の先を自らの胸に刺したり。狐のような細い目や小さな口もいい。

なんとも淫靡な感じで、いやはや、やばい。ボッティチェルリなどの豊満な肉体よりも、日本人にはこちらの方がずっとエロティックに思えるだろう。それが何と60点以上もある。アムステルダム国立美術館やウィーン美術史美術館などの「地元」を中心に、ウフィッツィ美術館やメトロポリタン美術館など国内を含む世界中から来ている。

そのほか、マン・レイやマルセル・デュシャン、岸田劉生から森村泰昌まで彼に影響を受けた作家たちが時おり挟み込まれていて、これまた現代の視点がわかって興味深い。

「クラーナハにクラクラ」とオヤジギャグを言いたくなるほど、打ちのめされた。こんな女性を描くとは、いったいどんな世界観が当時あったのか。この女性像が当時もエロティックとして受け止められていたのかどうか。1月15日まで開催で、今のところはまだ混んでいないので、ぜひ見て欲しい。パリを含めて今年見た展覧会で、一番「ありがたい」と思った。

そういえば、東京国際映画祭の星取表は、三笠宮の影響で昼間ではなく、昨晩アップされた。今日からは昼頃のはずです(たぶん)。

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