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2016年10月 9日 (日)

実は懐かしくなかった角川映画

この夏パリにいた時、「角川映画40年」を記念して映画祭があったり、展覧会があったり、それが新聞やネットで話題になるのを、羨ましく思っていた。何となく、自分の若い頃の甘酸っぱい思い出が蘇る気がしたから。

ようやく落ち着いたので、10月末までのフィルムセンターの展覧会「角川映画の40年」を見にいった。朝から学生の夏休み課題レポートばかり読んで気が滅入ったせいもある。

まず常設の方に入ると、反対側から「とーきーを、かけるしょおじょー」と原田知世の声が聞こえてくるではないか。思わず前のめりになって、常設展を駆け足で通り過ぎた。

『本陣殺人事件』(1975)に始まり、『犬神家の一族』(76)が大ヒットする。それから『人間の証明』(77)、『戦国自衛隊』(79)、『復活の日』と『野獣死すべし』(80)。ここまでで私の高校生が終わる。考えてみたら、実は同時代的には1本も見ていないが、『人間の証明』の「母さん、僕のあの帽子、どうしたんでしょう」というCMのセリフは覚えている。

それから81年の『魔界転生』と『セーラー服と機関銃』、82年の『蒲田行進曲』と『汚れた英雄』、83年の『探偵物語』と『時をかける少女』(これは2本立て)に『里見八犬伝』、84年の『メインテーマ』と『Wの悲劇』あたりまでが記憶にある。

82年頃から年に200本ほどの映画を見て、さらに84年夏から日本で見られない映画を見るために1年間フランスに行ったが、この頃に封切り時に見たのは、『蒲田行進曲』と『探偵物語』『時をかける少女』の2本立てだけだった。それなのに、原田知世の「時かけ」の歌は、歌えるほどに覚えているとは。

『蒲田行進曲』はつかこうへいの舞台が好きだったから失望したし、『探偵物語』は根岸吉太郎、『時をかける少女』は大林宣彦という監督だから行った記憶がある。「薬師丸ひろ子や原田知世に騒ぐのは子供だ」と思っていたことを、急に思い出した。

『ツィゴイネルワイゼン』の鈴木清順と『ストーカー』のタルコフスキーと『アレクサンダー大王』のアンゲロプロスと『1900年』のベルトルッチと『パッション』のゴダールを大好きだった映画青年にとって、「角川映画」は敵のような存在だった、と今にして思う。あらゆる流行に背を向けていた。本当は、懐かしいはずがない。

そんな私が、今や学生に対して「ヒットしている映画は必ず見るべきところがある」と説いて、『シン・ゴジラ』や『君の名は。』を勧めているのだから、やはりいいかげんである。

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