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2016年10月13日 (木)

ゴッホ、ゴーギャンから櫟野寺へ

空いた時間に、ふわりと上野に行った。ここは修学旅行生がいることもあって、平日でもいつも賑やかだ。まず見たのは東京都美術館の「ゴッホとゴーギャン展」。

2人がある時期南仏で一緒に住んだことは、ゴッホの耳に包帯をした自画像でも知られている。ヴィンセント・ミネリの映画『ゴッホ』にもあったように、ゴーギャンとの不仲が原因でゴッホは自ら耳を切る。

元展覧会屋の私からしたら、この2人をセットにした展覧会はうまいと思う。有名な画家2人だと、普通の観客にはゴッホだけより得するような、豪華な印象を与えるからだ。それに各作家半分ずつなら作品も集めやすい。

ところが展覧会としてきちんと見ると、本当に共同生活をしたのかと疑いたくなるほど、2人の絵は全く違うものだった。もともとペルーで幼年期を過ごしてフランスに住むゴーギャンは、人間存在を讃えるような、暖色の目立つ明るい絵画が多い。一方でオランダ出身のゴッホは、冷たい色で不安に満ちた人間や風景を神経症的に描く。

この2人がアルルで共同生活したというのが、2人の絵を見れば見るほど信じられなくなる。そして別れた2人の絵は、さらに遠く離れてゆく。

展覧会としては68点と点数が少なく、そのうえに2人以外の絵も16点あった。一見おもしろそうで、実はなかなか意義を見出しにくい展覧会かも。

その後で東京国立博物館で見た「平安の秘仏 櫟野寺の大観音とみほとけたち」は、20点と点数は少なく、常設の特別5室だが、実にわかりやすかった。櫟野寺(らくやじ)は滋賀県甲賀市にあるお寺らしいが、その寺にある重要文化財20点すべてを初めて寺外で展示という。

目玉は5メートルを超す巨大な《十一面観音菩薩坐像》。像の高さだけでも3メートルを超す。とにかく大きくて仰ぎ見ると、まるで人間どもを見てやってあげているような不遜な目付きで、それがまたありがたみが増す。

次に大きいのは2メートルを超す《薬師如来坐像》。こちらはもっと穏やかな眼差しで、優しく感じる。そのほか、狭い特5の展示室に平安時代の坐像や立像がぐるりと並んでいて、見ていると心が温まる。もちろん、この寺まで行って見たら、もっといいだろう。

ゴッホとゴーギャンの虚構のようなドラマの後に、爽やかな気分になって上野を後にした。そういえば、パリのギメ美術館やニューヨークのメトロポリタン美術館でも仏像を見たことを急に思い出した。

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コメント

アメリカに行ったとき、向こうの人に、いま「ヴァンゴー」の展覧会をやっている。行くといいといわれた。
「ヴァンゴー」を知らないというと、あの有名な画家の「ヴァンゴー」を知らない? なんかすごい剣幕でいわれ、なんかいろいろ言い始めた。
ふと、「ファン ゴッホ」と気が付いた。で、日本では、「ゴッホ」といっているのでわからなかった、などと言い訳した。日本で、なぜ、「ファン」を省略するのかよくわからないが、英語の「ヴァンゴー」は、ちと違うように思った。
チョコレートも、「ゴダイバ」のは、おいしいよね、といわれ、すぐには「ゴディバ」とわからないこともあったが。

投稿: jun | 2016年10月13日 (木) 22時20分

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