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2016年10月15日 (土)

ヒッチコックからトリュフォーから黒沢清へ

『映画術 ヒッチコック トリュフォー』という分厚い本は、かつては映画ファンのバイブルだった。あのトリュフォーがヒッチコックに、各作品ごとに微に入り細に入り質問をして答えているから。学生の頃は、ヒッチコックの作品を見るごとに、関係するページを読んでいた。

12月10日公開のドキュメンタリー『ヒッチコック/トリュフォー』は、何とこの本を映画にしたもの。実際のインタビューの録音テープを再現しながら、それぞれの作品の場面を見せる。

さらにマーチン・スコセッシからデヴィッド・フィンチャー、ウェス・アンダーソン、アルノー・デプレシャン、黒沢清など今をときめく監督たちが、ヒッチコックの言葉や演出についてコメントする。

確かにおもしろく、ためになる。問題は私自身が授業で扱った『海外特派員』と『北北西に進路を取れ』を除くと、長らくヒッチコックの映画を見ておらず、せっかくの解説がいまひとつピンと来なかったことだろう。

その意味では、この映画を見ると、猛烈にヒッチコックの作品を見たくなる。それにしても扱っている映画は多く、トリュフォーの質問もヒッチコックの答えも現代の監督のコメントも、まさに細切れと言いたいくらい、目まぐるしく動く。戦前の作品など日本ではDVDになっていないものもあるし。

だから、わずか80分なのに見終わると相当に疲れた。現代の監督たちがあまりにも嬉しそうにトクトクと細部を語るのに、自分は全く覚えていないという不甲斐なさもある。

もちろん、ここに出てくる監督たちは映画好きで知られており、世界には過去の作品をあまり見ていない大監督も多い。しかしトリュフォーがそうであったように、映画史を見尽くして自分の映画作りを始める監督がいて、それは黒沢清に至るまで、めんめんと引き継がれているということか。

おもしろかったのは、オリヴィエ・アサイヤス監督が「トリュフォーの映画は、ヒッチコックと違って様式を求めていない」と言ったところとか、ヒッチコックがトリュフォーの『大人はわかってくれない』で母親が不倫相手といるところを少年が街角で見るシーンで、「あそこに母親のセリフはいらないな」と言ったりするシーン。監督たちの本音がポロリと出ている。

それからヒッチコックが観客の反応を一番気にしていた点。どの監督かが「ヒッチコックは観客も演出している」と言っていた。これはここに出てくる現代の監督たちとは違うのではないか。

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