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2016年10月22日 (土)

其一から仙厓へ

最近、個人的に美術で一番惹かれるのは江戸時代のもの。残念ながら日本にいなくて春の若冲展は見られなかったが、帰国してサントリー美術館で鈴木其一展(10月30日まで)、出光美術館で仙厓展(11月13日まで)を見ることができた。

実は江戸琳派では酒井抱一が一番洒脱で好きだけれど、其一(きいつ)もまとめてみるとなかなかいい。風神雷神図屏風を宗達、光琳、抱一、其一と4つ比べると、時代を下るにしたがって軽くなる。其一のバージョンは、ほとんどトリッキーにさえ見える。

ところが其一の作品ばかり見ると、そう簡単ではないことに気がつく。抱一ほど気取らず、派手な色彩や形を正面からぶつける感じで、二曲一双の《群鶴図屏風》や六曲一双の《朝顔図屛風》を見ると、その科学的ともいえる綿密な構成や破綻のない色彩に惚れ惚れとしてしまう。

実はどちらも米国から借りてきたせいか、全期間展示。今は会期末まで富士美術館蔵の《風神雷神図屏風》が展示中だが、これら2つとあわせて見ると、其一版の風神と雷神の間の大きな空間さえも、何ともダイナミックに見えてくる。そのほか今は出光美術館蔵の豪華絢爛な《夏秋渓流図屏風》も展示中で、なかなか得をした気分になる。

其一は1796年から1859年まで生きているので、まさに幕末の画家。年表を見ていたらペリーが来た年にもまだ生きている。彼の屏風は、当時輸入されていた写真や油絵と無関係に見えるが、実はその科学的な視点はつながっている気がする。

出光美術館は「大仙厓展」と「大」をつけている。昔から「大エルミタージュ展」とか「大」をつける展覧会はつまらないと言われているが、これは良かった。出光美術館と福岡市美術館と九州大学文学部の東西の3大コレクションが結集しているので、そう名付けたのかもしれない。

仙厓は1750年から1837年なので、江戸中期か。抱一や其一のように絵師として身を立てたわけでないので、禅僧が暇な時間に描いたような落書きのような墨絵ばかり。見ていると肩の力がすーと抜けてゆく。

例えば、〇を描いただけの絵がある。横に「これにて茶のめ」と文章がある。たぶん○はお菓子を想像しろということか。あるいは、□△○を描いただけの絵もある。

仙厓は38歳にして福岡の寺の住職になる。それから40代後半で絵を描き始め、寺を跡継ぎに譲って、87歳まで描き続ける。いやはや、究極の自由な画家ではないだろうか。やはり、江戸時代に憧れる。

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