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2016年11月 1日 (火)

乗り気のしない東京国際映画祭:その(4)

「乗り気がしない」と言いながら、朝日新聞デジタルの星取表のためにすべてのコンペ作品を見ている。考えてみたら、毎年ベネチアではコンペをすべて見ているが、この映画祭では初めて。5点満点で点を付け、150字の寸評を加えるが、点数は本当に難しい。

今年のカンヌでコンペ外のオープニングで『カフェ・ソサエティ』が上映されたウディ・アレン監督は、記者会見で「コンペは無意味」と言った。「ゴッホとセザンヌのどちらがいいか言うのが意味がないのと同じ」とも。だから彼はコンペには出さないし、審査員もしないらしい。

全くもっともな話だが、映画祭の話題作りのためには、コンペがないと盛り上がらない。お祭りだからと割り切ってやるのだろう。コンペも意味がないが、点数をつけるのはもっと意味がない。点数とは試験のように正解があってつけるもの。個人の好き嫌いを点数化してどうする、と思う。

朝日が始めたのは、カンヌやベネチアでも星取表があるからだろう。参加者も、毎朝無料で配られる複数の業界紙の星取表を見ながら、「評判がいいね」とか「ルモンドの評価は低いね」などと話題にする。その意味ではコンペの賞以上に、話題作りのお祭り騒ぎ、から騒ぎでしかない。だから、そんな遊びだと割り切って点数をつけている。個人的な基準としては、以下の感じ。

★ 箸にも棒にも掛からない
★★ 見るべき点はあるが、いまひとつ
★★★ かなりいいが、どこか物足りない
★★★★ 相当いい
★★★★★ 絶賛

先日、点数をつけている2人と雑談をして、「ここはカンヌじゃないんだから」という話になった。カンヌのようにジャームッシュやアルモドバルやケン・ローチやダルデンヌ兄弟やメンドーサ(これらはみな今年のカンヌのコンペ)が並ぶわけではないから、厳しくしても意味がない、というもの。確かにその通りだろう。

そのあたりが、5人の評者の「甘さ」や「厳しさ」につながるのかもしれない。ちなみに私は一番辛口のようだ。作品ごとの平均点数が発表されているが、評者ごとの平均を取ると、私が一番低そう。それでも自分のなかではカンヌなどに比べて、かなり下駄をはかせている気分だけど。

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コメント

朝日新聞石飛です。星取り、僕は基本的に嫌いです。ウディアレンの言う通りです。それに、星取りをやると、つい上から目線になり、教師が生徒の成績を評価するような態度になってしまいます(古賀さんのことではありませんよ 笑)。朝日の日々の映画面にも星を導入しようという意見は頻繁に出ますが、そのたびに私は断固拒否してきました。しかし、映画祭は別です。コンペという順位付けの祝祭の場に出てきてくれた作品には、私たちもこちらも順位付けをして大いに楽しもうと思いました。★5つだの★1つだの、極端な評価をしたりして、この祝祭感を大いに盛り上げたいと考えています。★評価への異論反論も含めて、とても祝祭的ではないかと思っております。

投稿: 石飛徳樹 | 2016年11月 1日 (火) 09時23分

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