多くを見ていた東京フィルメックス:その(2)
エドワード・ヤンの『タイペイ・ストーリー』(1985)に完全にやられた。90年ごろに見ていたはずだが、全く記憶になかった。今回のフィルム・ファウンデーションによる4K復元版が今年のボローニャ復元映画祭で上映されていたが、見逃していた。
何より、青春の喪失感というか、焦燥感がこれほど映画によって表現されたことがあっただろうか。映画は30代のわけありの男女、ロン(阿隆=侯孝賢!)とチン(阿貞)の彷徨を描く。高校生の頃、男は野球に夢中で女は同級生だったようだ。
冒頭、2人が家具のない台北のアパートを見学に行くシーンから、ガツンと来る。都会の周囲のざわめきの中で、ポツポツと話す2人。どうもロンはロスから帰ってきて、チンと住み始めるらしいが、乗り気ではなさそうだ。
ロンには東京に住むかつての恋人がいて、小林という名の日本人と結婚したようだ。彼女は子供と義父を連れて台北に戻ってくる。ロンはロスからの帰りに彼女と東京で会ったのか、ロンは子供の父親か、すべてはわからない。
チンは同僚の男(柯一正監督!)と関係があるようだ。しかしその会社は買収されて、辞めざるを得ない。彼女はロンとロスに行きたいと思っている。チンのだらしない父親にロンは金を貸す。
ロスに住むロンの義兄から連絡は来ない。ロンの高校時代に野球の投手だった友人(脚本家の呉念真!)は、仕事がなくタクシーの運転手をしているが、妻に逃げられる。みんな青春の夢が破れ、金はなく、感情はもつれたまま。それでもだらだらと続いてゆく日々。
すべてを決められない中心に侯孝賢演じるロンがいる。そしてみじめな結末があり、カラオケの「好きになった人」の音楽が流れる。髪形も顔つきも山口百恵に似たチン役は、何とエドワード・ヤン監督の妻が演じたという。終盤、彼女が元上司の女性とがらんどうの新しいオフィスに立ち尽くす姿といったら。
周囲の期待を裏切って映画の道に歩んでしまった台湾ニューウェーヴのメンバーが勢揃いし、時の流れの過酷さを体現する。そういえば、脚本はヤン監督のほか、侯孝賢と朱天文の3人。そのせいか、その後のこの監督のカミソリのような尖った切れ味が抑えられていて、侯監督のタッチに近い。
当時はそれほど話題にならなかった記憶があるが、とんでもない傑作である。この時点では明らかに侯孝賢よりも高いところにいたと思う。
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