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2016年11月13日 (日)

各紙の東京国際映画祭評に星を付ける?

かつて、ここで「新聞の映画評」評を何度か書いた。今回は東京国際映画祭のコンペを全部見たので、新聞各紙の総評を「総評」しようと思う。コンペの星取表をやっていたついでに、冗談半分で各紙に星をつけてみたい。

日経★★★★
まず、3回に分けて3人の記者がコンペ、アジア、邦画と手厚く扱ったことを評価したい。1回目が7日(月)と新聞では一番早い。3日(木)に結果が出ているのに、朝日は9日、読売、毎日、産経は10日と遅すぎ。
1回目の赤塚記者の文章は受賞作の説明だけで物足りないが、世界初上映の重要さを説く点はいい。「新人からベテランが入り混じる東京のコンペ」は間違い。ベテランはいない。
2回目の関原記者はフィリピン映画の躍進ぶりを書いて説得力がある。『アジア三面鏡』の3人の差に触れたのもいいし、ラヴィ・ディアスやエドワード・ヤン作品への言及も細かい。
3回目の古賀記者は、邦画にとって「東京映画祭は世界へのステップでなければ意味がない」と書く。そして世界の映画祭の勢力図が変わりつつあるのに大丈夫かと危惧するのもさすが。

朝日★★★
石飛記者がコンペの特徴を「芸術性と商業性」ととらえ、公開の有無を書くのは興味深い。ただし「参加作が劇場公開に至るのは1つの目標」はどうか。今の東京はそうだが、本来、コンペは公開が決まったものも含めていいものを選ぶべきだし、その後の公開は別の話。フィリピン映画や女性監督の台頭は重要な指摘。そして「海外への発信の方はまだ改善の余地がある」もその通り。

読売★★
田中記者が、受賞作に比べて邦画2本がテーマやメッセージがないからよくないと書くのは単純化しすぎ。初日以外は盛り上がらないというのはその通り。ほかの映画祭は毎晩作品ごとにレッドカーペットがあるのに、東京は初日だけだから。チケット販売の混乱を書いたのもいい。結論で「映画祭の主役は映画であり、監督、俳優であるという原点を忘れないで欲しい」と精神論を書かれても困る。

毎日★★
木村記者のコンペのまとめは巧みだが、傾向分析が長すぎ。映画祭としてどうなのかを指摘しないと。「アジア三面鏡」を褒めるだけではダメ。「新たな挑戦は総じて成功したと言える」「30回目の節目を迎える来年の開催を楽しみにしたい」とは楽観的過ぎ。

産経★
岡本記者はこの短い行数で書きようがなかったのでは。受賞作の説明に終わっている。その割には「アジア三面鏡」を褒め過ぎ。

それにしても、新聞に星を付けるとは「何様」という感じ。こんな酔狂なことをする人はほかにいないだろうということでご勘弁を。それにしても、この映画祭についての新聞記事が少なすぎだ。三大映画祭では地元紙は毎日3、4ページ出るのに。

付記:「アジア三面鏡」について私の考えを書く。日本が全額出してアジアの監督に日本とのかかわりを撮らせるとは、安易で傲慢。こんなことをフランスがアラブ諸国にやったら大批判になる。ロッテルダムや釜山などでは、企画コンペをして、助成金を出すシステムが確立している。あくまでイニシアチブは作り手にないと意味がない。

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