『映画と移民』をめぐる私の勘違い
前に触れた板倉史明著『映画と移民』を読んだ。副題が「在米日系移民の映画受容とアイデンティティ」。前に書いたように、日系人や海外で生きた日本人の話が好きだから、おもしろいかと思った。
ところがそんなに簡単な本ではなかった。最大の勘違いは、戦前から戦後にかけてハリウッドで活躍した日本人、早川雪洲の話が読めるかと期待していたこと。昔からこの俳優に興味があるが、これまでまともな本は少なくとも日本では1冊も出ていない。確かこの著者は早川についての論文も書いていたので、期待していた。
ところが早川がアメリカで出た映画は、すべてアメリカ映画。彼が有名になって自分のプロダクションを作ってからも、監督はすべてアメリカ人だったと思う。この本では、日本人移民がどう日本映画を見たか、あるいは日系移民が自分たちのためにどんな映画を作ったかを問題にしている。つまり、早川の出た映画のようにアメリカの観客を対象にしたアメリカ映画は蚊帳の外だった。
この本はアメリカにおけるエスニシティ研究の歴史から遡って、その一部に日系人研究を位置づけ、さらにその中で日系人の日本映画受容と製作を調べるという、厳密な手法を取っている。つまり、歴史学や社会学、文化人類学の一部としての映画研究と言えるだろう。
一番驚いたのは、実は私のもう1つの大きな勘違いに気がついたことだった。現在の京橋のフィルムセンターが1970年に発足した時に基本となったのは、1963年にパリで日本映画を140本上映した時に日本で焼いたニュープリントが戻って来たものと、1967年に米国の議会図書館から送られた「返還フィルム」というのは知られた事実である。
実は前者については私は細かく調べたが、後者は占領軍が民主主義にふさわしくない映画を没収し、米国に持っていったのだと勝手に思っていた。ところがそうではなく、1941年の真珠湾攻撃後にアメリカ内にある日本映画を「敵性映画」として敵性財産管理局が接収したものだった。これはドイツ映画なども同じ扱い。
つまり、日系人向けに上映されていた映画が、日本の地理や日本人、日本語を研究し、また新作のプロパガンダ映画のために利用するために使われた。この本は、これをアメリカ国立公文書館の一次資料をもとに分析している。
この部分はこの本の一部でしかなく、戦前の日系人と映画というテーマを、当時の日系新聞を始めとする一次資料を駆使して研究したものである。この本には個別の映画や監督の分析はほぼ出てこないが、学問としての映画研究はこういうことだろう。
最近の若い映画学者たちの研究を見て思うのは、1980年代までなら難解な哲学や文学をやっていたような極めて優秀な研究者たちが、今や映画に取り組んでいるということ。映画が好きなだけが取り柄の我々中年の出る幕ではない。
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コメント
戦争の頃のことって、基本的に知らない。でも、知らなければならないことってあるように思ってます。
アメリカの移民に関して、Cynthia Kadohataの“Weed Flower” という小説があります。カリフォルニアに移民した人たちが、第2次世界大戦中に拘留されることについての小説です。ネイティブアメリカンの居住地に抑留されるので、ネイティブアメリカンとの交流もちょっと書かれています。日本のアメリカ移民についてあまり知らなかったので、勉強になりました。
なお、日本人の満州入植については宮尾登美子の「朱夏」、そのころの日本の状況については永井荷風の「断腸亭日常」なんかは読んどくべきものと思っています。
投稿: jun | 2016年11月27日 (日) 22時45分