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2016年11月 9日 (水)

若手映画研究者が続々

最近は、若手の映画研究者が一流の研究書をどんどん出版している。だいたい私より10歳以上も下の世代だ。もともと映画を単なる批評ではなく、研究対象として大学院で専攻できたのは早大だけだった。

だからかつては「映画研究者」「映画史家」は、早大系が大半だった。ところが90年頃から東大や京大で蓮實重彦さんや加藤幹郎さんが教え始めて、そのお弟子さんたちが今や各地の大学で活躍している。今世紀になると映画を教える大学は増える一方で、研究者の数も増え続けている。

パリから帰国してすぐに買ったのは、木下千花『溝口健二論 映画の美学と政治学』、板倉史明『映画と移民 在米日系移民の映画受容とアイデンティティ』、小川佐和子『映画の始動 1910年代の比較映画史』。この半年に出た本だが、著者は私より10歳から20歳若く、それぞれ東大、京大、早大系。

題名を聞いただけですごい感じは伝わってくるが、めくるとすぐに本当に真面目な研究だとわかる。先日、授業で溝口健二の『近松物語』を取り上げたので、木下さんの本を少し読んでみた。いやいや、すごい。

私は常々この映画の長谷川一夫演ずる茂兵衛の脚フェチが気になっていた。おさん役の香川京子と勘違いがもとで不倫と疑われて逃げるはめになり、舟に乗る。そこで突然茂兵衛が告白をするが、その前に入水するためにおさんの足を丁寧に縄で縛り、告白の後は足にしがみつく。

2人で山小屋にたどり着いた後も、そこの老婆は「土の上を踏んだこともないような足やな」と言い、その後にいったん1人で逃げた茂兵衛はおさんに謝りながら素足にキスを繰り返す。

それを木下氏は「おさん茂兵衛の関係はこの映画において彼女の足をめぐる主題系に結晶している」とあっさりと結論づける。「白く柔らかいおさんの足は身分・階級と密接に結びついたフェティッシュであり、それゆえに二人の逃避行において危険を招き寄せもする」

もともと木下氏はこの作品を論じる冒頭で「この物語は『雪夫人絵図』の発展的リメイクとみなすことができる」と書く。全く違う作品だと思っていのでこれにはびっくりした。確かに「良家のお嬢様で、下品な中年男との不幸な結婚に悩んでいる」と言われると、その通りだが。

一番驚いたのはこの2本を戦後の姦通罪廃止の議論を踏まえたものとして、その国会答弁まで3ページにわたって丁寧に引用していること。徹底的な研究とはこういうものか。「そのフィルモグラフィを通して溝口健二は性交の有無に拘泥し、……男女がいかにしてことに至るかに多大なる演出上の関心を払ってきた」「性交への関心が夫婦の性的関係およびセックスレスの物語と密接に結びついたのが、『雪夫人絵図』から……、『近松物語』こそその到達点である」

まだ全部を読んだわけではないが、こんな本を前にして私はどうしようかと思う。いまさら仕方がないので、せめて謙虚になろう。

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コメント

謙虚?? 無理は身体に毒ですよ!
小津、黒澤に比べ、溝口論が少ないので、この本はとても気になっていました。面白そうですね、早速購入せねば!

投稿: 石飛徳樹 | 2016年11月 9日 (水) 09時07分

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