『コンビニ人間』の現代性
パリにいたこの夏に芥川賞で話題になっていたのが、村田沙耶香『コンビニ人間』。著者は長年コンビニに勤めており、受賞の発表の日も働いていたなどと報道されていた。すっかり忘れていたが、先日本屋で目にして買い、一気に読み終えた。
パリから帰ってきて、よくも悪しくも現代日本の象徴はコンビニだと思う。いつでもすべてがある日本の能天気な幸福を体現している。この小説はそのリアルを、優しく丁寧にかつ小説的展開も入れながら見せる。
読み始めて、「コンビニ店員として‟生まれる”前のことは、どこかおぼろげで、鮮明には思い出せない」にびっくり。まるで『吾輩は猫である』。子供の頃からヘンと言われて周囲との関係を断った女性が、大学一年生の時にコンビニでバイトを始めてから、人生が開ける。
「そのとき、私は、初めて、世界の部品になることができたのだった。私は、今、自分が生まれたと思った」
それから18年、そのままバイトとして淡々と働き続ける。新人が来たり、ヘンな男が来て辞めたり。かつての同級生には「体が弱いから」と妹に言われた不思議な言い訳をしながら。
このあたりで小説はちょっと退屈になるが、主人公がそのヘンな男を家に連れて帰るあたりから急展開する。妹に電話すると泣いて喜ぶし、コンビニの店長たちも客を忘れて盛り上がる。
終盤の展開はいま一つだが、十分に面白かった。ヘンな男が家に転がり込んでくるくだりを読んでいる時、ちょうど電車を降りたところだったが、私はホームで立ったまま数分間読み続けたくらい。
いわゆる社会に「不適合」とされる感覚は、多くの人が経験があるだろう。ある程度繊細な感覚を持っていたら、そうならない方がおかしいかもしれない。主人公はそこで安易な折り合いをつけずに突き進むが、それが「コンビニ」という世界とピッタリ合ってしまう。
使う人間にとって最高に便利なコンビニが、働く人にとってこんな「効用」があったとは。世界が開けたとはこのことだ。これから、コンビニに行くたびに、「あちら側」の人々の気持ちを考えるに違いない。
往復の電車で読んでしまったが、十分に価値のある1404円だった。私が買ったのは第9刷。50万部を超えたらしいが、さてこの小説はコンビニで売っているのだろうか。
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