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2016年12月 1日 (木)

『何者』を見て考える

映画『何者』を劇場で見た。なぜ見に行ったのかよく覚えていないが、見たいと思った。原作がかなり良かったのが一番だし、三浦大輔監督の『愛の渦』がちょっとおもしろかったからだろう。この舞台の演出家がこの個性的な原作をどう料理するかに興味があった。

結果は、期待外れだった。舞台出身の監督の陥りやすい過ちが目立ったと思った。一番は、スペクタクルと雰囲気で引っ張る点。冒頭、就活の様子を大人数の就職説明会やグループ面接などをスローモーションで象徴的に見せてゆく。

実は同じシーンがその後も何回か繰り返される。もし何十人ものグループ面接を舞台で見たらそれなりの迫力があるだろうが、映画はそんなものは当たり前。抽象的になって映画のリアリティが飛んでしまう。

もっと決定的だったのは、6人の主要人物があまりに類型的だった点。個々の会話はかなり面白かったが、いかんせんどの人物も2行で説明できるほど単純化されている。唯一、いつも悩んでいる拓人(佐藤健)だけが、見ていて実在しているように見えた。

エリート志向の理香は二階堂ふみが演じたのだから、もっとずる賢く、腹黒い女子ができたと思うのにもったいない。彼女が拓人のツイッターの裏アカウントを見破り、そのツイートが再現されてゆく場面は一番おもしろかったが、それが舞台に収斂されたのが残念だった。

それでも、日々大学生と接している身としては、いろいろ考えることがあった。この映画のように、就活の具体的な内容は親しい友人にも教えない場合が多いようだ。この映画でもあったが、面接会場で鉢合わせなどよく聞く。だいたい内定をもらうと友人や教師には話すが、最後まで「流通関係」などと口を割らない学生もいる。

それほどに現代の「就活」は暗い、闇の世界のような気がする。だから4年生になると、精神的に不安定になる学生も多い。自分の時は80年代半ばでイケイケの時代だったから、今の雰囲気は全くわからない。だからテキトーなことは言えない。

ただ確かなことは、最初の職場がどこであれ、10年もたつとその人らしい仕事をしているということ。何でもいいからお金をもらって働くなかで、自分の能力を悟り、その人なりに進むこと。そんなことは50になれば誰でもわかるが、これを大学生に言っても仕方がないし。

私は大学では珍しく20年以上会社員をやった経験があるので、せめてその「数奇な運命」を面白おかしく話すことにしている。

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