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2016年12月30日 (金)

年末年始に考える:その(1)

12月半ばに「クリスマスは嫌いだ」とフェイスブックに書いたのは、仏「カイエ・デュ・シネマ」誌でよく日本映画について書くステファヌ君だ。私は思わず「特に、日本においては」と書き加えた。そうしたら「英国はもっとひどいぜ」と書いた人がいた。

英国はわからないが、日本では12月になるとあちこちから「ジングルベル」の音楽が聞こえ、スーパーやコンビニの店員までサンタの格好をさせられ、何日も前に作ったまずいケーキを売る。繁華街から家庭まで大小のイリュミネーションが並び、そこで大勢が並んでスマホで撮影する。

日本中がバカになったのではないかと思ってしまう。とりわけ福島原発事故の後で、東京で大きなイリュミネーションをしているのは犯罪的にさえ見える。

26日あたりからは、少しは落ち着く。少なくともサンタ服とケーキがなくなるだけでも、だいぶ気分がいい。それから年賀状を書き始めるとだんだん落ち着いてくる。この方には今年はお世話になったとか、あの人は元気だろうかとか思いながら、手書きで書く。

年賀状の本文はさすがに印刷しているが、住所は手書きで書いている。毎年暇な時に打ち込めばと思うが、結局年末までその時間はなく、とりあえずは書いた方が早いとなる。しかし住所を書くと、一戸建てかとか、この住所では都内に通勤は大変だろうなとか考えるので、それもいい。

誰に出したかわからなくなるので、A4一枚に出した名前を書く。左端は大学・教え子・学会など、真ん中は映画関係、右端はそのほか。最近はそのほかがどんどん増えている。フェイスブックもあって、昔の友人との連絡が復活した。なぜか女性が多い。

なかには30年以上会っていない人もいる。それでも昔の状況を思い出しながら、書く。すると妙に嬉しくなる。

嫌な年賀状は、本文も住所も印刷で、一文字も手書きで書かれていないもの。たぶん喪中の葉書だけチェックして、あとは誰に出しているかも意識さえしていないだろう。なぜか高校の友人に多い。

今年は3日ほどで150枚くらい書いた。まるで年末の儀式のようなもので、これをやるとクリスマスを憎悪した心が安らいで、正月を迎えられる。

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