« 『何者』を見て考える | トップページ | 誰も見ない映画が好きだった »

2016年12月 2日 (金)

大学の教師は何を着ればいいのか:その(1)

先日、夏から急に冬になった話を書こうと思ったら、後半は着るものの話になった。おもしろくなったので、もう少し書く。さて、大学の教師は何を着ればいいのだろうか。会社員ならば職種によって、だいたい服装は決まっている。

最近は暑くなったこともあってノーネクタイが増えたが、銀行、金融などは上下揃いだし、マスコミ系になるとジャケットが増える。小さめの出版社やテレビなどの映像制作会社になると、ジーンズ、ジャンバーの世界になる。

さて、大学の教師は何を着ればいいのか。もちろん文科省の指導もなければ、大学ごとの目安もどこにも書いていない。学生の服装が自由のように、教員も原則として何でもありのはず。

それでも現在定年を迎えるような世代は、上下揃いにネクタイも多い。「教授」らしいというか、ある種の威厳を保つためだろうか。

私は新聞社の営業職が長かったので、上下揃いのスーツがまだ箪笥にたくさんある。今では入学式と卒業式以外では着る機会はほとんどない。本当は処分すべきだが、まだできないでいる。

2年弱の文化部記者の時は、ジャケットにコットンパンツが多かった。政治部とか経済部だといつも上下背広が多いが、文化部にはジーンズの記者もいた。しかし長年背広を着慣れていた私は、せめてジャケットを着ないと落ち着かなかった。

その習慣が今も続いていると思う。「ラフ」でありながら、できたら「知的」な雰囲気も出したい、さらに可能ならちょっとは「お洒落」に見えたい。新左翼というかサブカル系というか。文化部記者も大学教師もだいたい似たところを狙っているのではないか。

記者と違うのは、いつも人前で話すこと。だから本来はもっと身なりに気を使うべきかもしれない。しかし周囲を見ると、そんなにお洒落な先生はいない。

芸術系の学部にいるので、実作を教える先生の中には、本当に作業着のようなものを着ている人もいる。そうでなければ、ただの中年サラリーマンのような格好をしている。むしろサラリーマンよりひどいかもしれない。毎日同じものを着る先生も少なくない。ひと冬毎日、同じコート、同じ鞄、同じ靴。

昔、選挙の報道で「○○候補は独自の戦い」という表現があった。さすがに今は使わないが。私は着るものだけでないが、大学で「独自の戦い」をしているつもり。

|

« 『何者』を見て考える | トップページ | 誰も見ない映画が好きだった »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/537538/64568938

この記事へのトラックバック一覧です: 大学の教師は何を着ればいいのか:その(1):

« 『何者』を見て考える | トップページ | 誰も見ない映画が好きだった »