大学の教師は何を着ればいいのか:その(1)
先日、夏から急に冬になった話を書こうと思ったら、後半は着るものの話になった。おもしろくなったので、もう少し書く。さて、大学の教師は何を着ればいいのだろうか。会社員ならば職種によって、だいたい服装は決まっている。
最近は暑くなったこともあってノーネクタイが増えたが、銀行、金融などは上下揃いだし、マスコミ系になるとジャケットが増える。小さめの出版社やテレビなどの映像制作会社になると、ジーンズ、ジャンバーの世界になる。
さて、大学の教師は何を着ればいいのか。もちろん文科省の指導もなければ、大学ごとの目安もどこにも書いていない。学生の服装が自由のように、教員も原則として何でもありのはず。
それでも現在定年を迎えるような世代は、上下揃いにネクタイも多い。「教授」らしいというか、ある種の威厳を保つためだろうか。
私は新聞社の営業職が長かったので、上下揃いのスーツがまだ箪笥にたくさんある。今では入学式と卒業式以外では着る機会はほとんどない。本当は処分すべきだが、まだできないでいる。
2年弱の文化部記者の時は、ジャケットにコットンパンツが多かった。政治部とか経済部だといつも上下背広が多いが、文化部にはジーンズの記者もいた。しかし長年背広を着慣れていた私は、せめてジャケットを着ないと落ち着かなかった。
その習慣が今も続いていると思う。「ラフ」でありながら、できたら「知的」な雰囲気も出したい、さらに可能ならちょっとは「お洒落」に見えたい。新左翼というかサブカル系というか。文化部記者も大学教師もだいたい似たところを狙っているのではないか。
記者と違うのは、いつも人前で話すこと。だから本来はもっと身なりに気を使うべきかもしれない。しかし周囲を見ると、そんなにお洒落な先生はいない。
芸術系の学部にいるので、実作を教える先生の中には、本当に作業着のようなものを着ている人もいる。そうでなければ、ただの中年サラリーマンのような格好をしている。むしろサラリーマンよりひどいかもしれない。毎日同じものを着る先生も少なくない。ひと冬毎日、同じコート、同じ鞄、同じ靴。
昔、選挙の報道で「○○候補は独自の戦い」という表現があった。さすがに今は使わないが。私は着るものだけでないが、大学で「独自の戦い」をしているつもり。
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コメント
私は「先生」と呼ばれる仕事をしているのですが、昔ながらの古臭い男性優位で女性差別の残る職場なんです。
私の周りには女性蔑視の古臭い考えの人たちもいて、職場で女性がオシャレをすることに対して嫌味を言う人もいるんです。
華美だとか、職場に何しに来ているんだとか、周囲への悪影響を考えろだとか、そういうことを間接的に言う時代錯誤人間。
それも男性だけでなくて、同じ女性でそういう発言をする人がいて。本当に残念。
失礼を承知で言うと、自分が中高年独身女性のおひとりさまで仕事だけが生き甲斐だからって、その価値観を他の女性に上から目線で高圧的に押し付けるのはどうなのって思います。
そんなんだからいつまでも女性差別が残って、女性の地位が向上しないんです。
仕事もオシャレも恋愛も子育ても自由に楽しむのがこれからの日本女性の正しい姿だと思います。
投稿: 元気MoriMori森田先生森田先生 | 2018年6月29日 (金) 19時53分