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2016年12月14日 (水)

「宗教映画祭」が予想外の大入り:その(2)

「宗教映画祭」が平日も賑わっている。4日間終わったところで、1400人を越しているから、これまで5回で一番の入りだった昨年の1700人は今日にも越すかもしれない。これまでと違うのは若者が多いこと。

通常のアート系映画に比べると、大学生がやっているのでその友人も含めて若者が多めなのは例年のことだが、それでも全体の2割くらいだった。「労働」とか「マイノリティ」というテーマに反応するのは、しょせん40代以上だろう。ところが、今回は半分が20代のように見える。

今の日本の若者は「宗教」を求めているのか。今回は15本のうち10本が2000年以降の製作で、邦画だけでも『ある朝スウプは』『カナリア』『水の声を聞く』と3本もある。いずれも若者の宗教との係わりを描いたもので、このあたりが2001年の9.11以降の若者の心象風景に重なるのかもしれない。

では、1983年のアンドレイ・タルコフスキーの『ノスタルジア』はどうだろうか。平日の昼間で満員だったが、若者も多かった。

イタリアを旅するソ連の詩人ゴルチャコフは、中世のようなトスカーナの街をイタリア人の美女の通訳と共に歩く。すべてに不満で時おりロシア語を発しながら。荒れ果てた教会、森、温泉。そこに雨が降り、犬が走り、セピア色に変わる。それは故郷の少年時代の映像につながり、イタリアかロシアか現在か過去かわからなくなる。

この快い停滞を破るのは、ドメニコという変人との出会い。この男はローマの広場で演説をして、焼身自殺を実行する。ローマに着ていたゴルチャコフは彼との約束を守るためにトスカーナに戻る。

そこに写るのは、は9.11はおろか3.11以降を暗示するような、終末的な世界だ。人々は故郷を離れて彷徨い、立ち尽くし、物思いにふけり、過去と現在を行き来する。そこにはあらゆる希望が見えない。それでも何かを信じるしかない。

さすがにタルコフスキーは、40年以上たっても古びない。むしろ現在性を増しているとさえ言える。実を言うとこれを見るのは3回目だが、初めて全く寝なかった。今の自分にこそ、この映画が強く訴えかけるのかもしれない。さて、若者にはどう響いたのだろうか。

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