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2016年12月17日 (土)

地下鉄で読む小説

自宅近くの神楽坂駅前に「かもめブックス」という魅力的な書店がある。校閲専門の会社が始めたらしいが、小さいのに置いてある本の趣味がいい。売れないような本もたくさんある。そこで買った文庫が川上弘美の短編集『神様』。

9つの短編が並んでいるが、学生の映画祭で地下鉄で渋谷に通う時間に読むのにぴったりだった。ちょうど10数分で1編を読み終えて、その余韻に浸りながら映画館まで歩いた。

基本的にはファンタジーで、くまや河童や人魚が普通に出てきて、人間と会話をする。そしていつの間にかいなくなる。そこには男女の恋愛に似た愛おしい思いがあったり、ちょっとエロチックな気配があったりする。結局のところは、主人公の妄想じゃないかと言う気もするが、妙に現実感がある。

冒頭の『神様』という小説の出だしからぶっ飛んでいる。「くまにさそわれて散歩に出る。河原に出るのである」「くまは、雄の成熟したくまで、だからとても大きい。三つ隣の305号室に、つい最近越してきた。近頃の引っ越しには珍しく、引っ越し蕎麦を同じ階の住民にふるまい、葉書を十枚ずつ渡してまわっていた」

引っ越し蕎麦を配るくまなんて、完全にシュールである。くまと散歩に行った「私」は、くまが川でもぐって取って塩をふった川魚を3匹もらって家に帰る。そして魚を焼いて食べる。「悪くない一日だった」で終わる。

あえてドラマがあるとしたら、くまが「抱擁を交わしていただけますか」「親しい人と別れるときの故郷の習慣なのです。もしお嫌いならもちろんいいのですが」。もちろんそれ以上のことはないが、読んでいてちょっとどきどきする。

まるでくまは西洋人のようだ。そういえば、くまが弁当として持って来たのは「フランスパンのところどころに切れ目を入れてパテとラディッシュをはさんだもの」だし。

何とこの短編はこの著者の初めて活字になった小説らしい。著者あとがきに「子供が小さくて日々あたふたしていた頃、ふと「書きたい、何か書きたい」と思い、二時間ほどで一気に書き上げた小説だった」と書かれている。こんなにぶっとんだ小説を主婦がいきなり2時間で書くなんて信じられないが。

その後有名になって、この調子で短編を書いてくれという依頼があって、今回の短編集になったようだ。確かにその後の小説の方がうまいが、最初の『神様』にはへたうまのような魅力がある。この小説家の本は『センセイの鞄』くらいしか読んでいないが、もっと読みたいと思った。

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コメント

こんにちは,ほぼ毎日拝読しています.
川上弘美さんは,(ウィキペディアにもありますが)学生のころ,
SFファンとして,同人誌にかかわったり,短編を投稿していました.
主婦がいきなり書いたというのとは,少し違います.

投稿: yazaki | 2016年12月19日 (月) 12時44分

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