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2016年12月16日 (金)

「宗教映画祭」が予想外の大入り:その(3)

私の学生企画の「宗教映画祭」は今日で終わりだが、来場者はのべ2000人を超しそうだ。するとこの6回で一番の入りとなる。前に書いたように、若者が多いのが特徴だが、彼らの姿が特に目立つのが最近の邦画3本。

『ある朝スウプは』(2004)『カナリア』(04)『水の声を聞く』(14)は、実は私はすべて今回始めて見た。3本とも若者と新興宗教との関りを描いたものだが、たぶん私はこれまでこのテーマに興味がなかったのだろう。

3本見てみると、おもしろいことに気がついた。山本政志監督の『水の声を聞く』は、新興宗教を作る話で、高橋泉監督の『ある朝スウプは』は新興宗教に通う青年の話、塩田明彦監督の『カナリア』は新興宗教団体が解散した後に残された若者たちの物語。ある意味でこの3本が相互補完している感じ。

3本ともに実に興味深い作品だが、明らかにオウム真理教事件をもとにしているのは『カナリア』。事件後に教団が解散し、児童相談所を抜け出した少年光一が、祖父に引き取られた妹を探す話で、彼の回想として教団の共同生活の場面が何度か出てくる。

この映画が魅力的なのは、ドラマが石田法嗣演じる光一の旅として作られていること。最初の脱走のシーンから、その映像は鮮烈で、彼の彷徨の軌跡が画面に波打っている。途中で援助交際をする娘の由希(谷村美月)と出会う作りもうまい。現代の矛盾を背負う形での少年少女の旅となる。

彼らの母役の甲田益也子や年上の元信者役の西島秀俊も、いかにも教団にいそうな存在感を見せる。そして解散後に西島たちが共同生活にいる施設にいる老婆役として井上雪子が出ているのには、やはり心を動かされた。1931年の『マダムと女房』に出ているモダンな美少女なのだから。

現代社会に真摯に対峙するという点では、『ある朝スウプは』も劣らない。こちらはパニック障害から新興宗教に通い出す青年と同棲する女性の日常を微視的に描く。「宗教」を描くのではなく、現代の若者を見せるものだが、その緊迫した映像はドキュメンタリーのようで見ていて息が詰まる。

世の中に適合できない若者の日常を即興的に描いた点がこの映画の魅力だろうし、「宗教映画祭」に若者が集まる理由でもあるのだろう。その意味で今回見てよかった。

より娯楽的要素を含む『水の声を聞く』については、後日触れたい。

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