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2016年12月12日 (月)

「宗教映画祭」が予想外の大入り:その(1)

今年も私の学生が企画する映画祭が始まった。今年のテーマは「宗教」。実はこれが決まる時にはパリにいたので、ずいぶん難しいテーマを選んだと心配になった。要するに人は来ないだろうと思った。

基本的にエンタメの世界では「宗教」はご法度に近い。それを正面から取り上げる映画祭は、逆に学生しかできないだろうと思って、あえて踏み切った。このテーマを選んだ理由が、彼らの大半が生まれた年が1995年=オウム事件の年であり、幼年期に9.11を経験して「宗教」に対して複雑な思いがあるというのが、おもしろいと思った。

新聞各紙で取り上げてもらったこともあり、前売りは例年に比べて好調だったが、本当にお客さんが来るのかと思っていた。ところが最初の土日で来場者は700人を越した。上映は小さい方の劇場だったが、フィルムの関係で広い方で上映した『裁かるゝジャンヌ』(1927)に至っては、立ち見も出た。

もちろん『裁かるゝジャンヌ』はサイレントで、予算がないのでピアノ演奏もつけていない。DVDもあるのに、こんなに来るとは想像もしなかった。満杯の劇場でみなさんが身じろぎもせずに、超アップのジャンヌに見入っている姿はまさに宗教的な時間に見えた。

これを見た後にグザヴィエ・ボーヴォワ監督の『神々と男たち』(2010)を久しぶりに見て、びっくりした。これは明らかに『裁かるゝジャンヌ』の技法を最大限に使った映画だった。

『裁かるゝジャンヌ』は、ジャンヌを始めとして裁判官、僧侶、イギリス人兵士たちのアップの組み合わせだけで成立している驚異的な映画だ。よくもこんな特徴のある顔を並べたものだと見るたびに感嘆する。『神々と男たち』もまた、アルジェリアの修道院にいる8人の修道僧をその顔で語る映画だった。

物語が進むにつれて、彼らの顔つきがだんだんと親しみのあるものに見えてくる。そして終盤の晩餐で『白鳥の湖』を聞きながらワインを飲む時の、彼らの顔、顔。笑ったり、泣いたり、見つめたり。カメラはドライヤーの映画のように部屋の中を滑らかに巡り、だんだん超アップになる。

宗教とは、結局のところ「顔」の問題なのだと妙に納得した週末だった。

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