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2017年1月15日 (日)

いまさら押井守:その(1)

もともとアニメは苦手だが、このブログでもお分かりのように最近は少しは見ている。押井守は見かけも発言もどうも元祖オタクのような気がして避けていたが、今回フィルムセンターで「自選シリーズ」が始まったので、見ることにした。そのきっかけは「ニューズレター」で彼の発言を読んだから。

最初の監督作品『うる星やつら オンリー・ユー』が相米慎二の『ションベン・ライダー』と同時上映で、「劇場で見て、もう出来が格段に違うから相当に落ち込みましたよ」「『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』は、だから誰の言うことも聞かないと決めて、そのための作戦も考えて、これで駄目なら、もう監督やめようという博打に出たんです」

これを読むだけで、『うる星やつら2』を見たくなった。とりあえず、空いた時間に見たのが、『機動警察パトレイバー2 the Movie』(1993)と『INNOCENCE イノセンス』(2004)。

『パトレイバー2』は数年前に学生が絶賛していた。1999年に東南アジアのある国で日本のレイバー(巨大な人形型戦車)が攻撃を受けて破壊される。そこで生き延びた柘植は帰国して行方不明になる。実は2003年の日本でテロリストになっていたというもの。

基本的には、平和ボケの日本で自衛隊と警察がテロリストに翻弄され、勝手な行動を取るというドラマ。私には全体に全共闘世代的な革命願望論が感じられた。藤原伊織の小説『テロリストのパラソル』に似た匂いというか。それから1993年当時の渋谷や新宿や銀座が克明に描かれていて、大きな携帯電話なども含めて懐かしかった。

戦闘シーンよりも、人々が混乱するさまがじっくりと描かれ、今の日本のボケぶりが明らかになる。湾岸のベイブリッジを舞台にしたのがいかにも現代的で、『シン・ゴジラ』につながる気もする。こちらは政府が肯定的に描かれているけれども。

『イノセンス』は出だしから、オレンジ色のリアルな東京の夜景に惚れ惚れした。そのうえ、ハンス・ベルメール風の少女の人造人間の反乱という、驚異的な退廃美が全体を覆う。種田陽平がプロダクション・デザイナーというのも頷ける。

舞台は中国で、街並みに中国語の看板が氾濫する。そのせいか『ブレードランナー』のアニメ版を見ている感じがした。話は人造人間の殺害事件を追う公安警察2名の物語だが、とにかく映像が無意味に美しく、孔子などを始めとするさまざまな引用に酔ってしまう。これはブルーレイを買ってもう一度見たい。

東浩紀氏が「『シン・ゴジラ』と『君の名は。』を見てオタクの時代は終わったんだな」とツイートしているらしいが、押井守の映画にはオタクのセカイ系と美少女の趣味が充満している。おもしろいのは、彼の場合はそれが全共闘の敗北体験から来る破壊衝動だということだ。

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