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2017年1月16日 (月)

小津と文学について考える

川本三郎氏の『銀幕の東京』を読んでいたら、小津と文学について気になったので、本棚から貴田庄著『小津安二郎 文壇交遊録』を取り出して読んだ。前に読んだはずだが、今読むとこれがなかなかおもしろかった。

まず「はじめに」で「小津が日記に書いているのは、映画では外国の映画が多く、小説では日本の小説がほとんどといえることである」と書かれていて、なるほどと思った。小津の映画の奇妙な和洋折衷の世界はここから来るのかと。映画のスタイルは洒落た洋風で、中身は極めて日本的というか。

小津の日記からわかるのは、文学ではまず里見弴と志賀直哉をすべて読み、川端康成と谷崎潤一郎と永井荷風も好んだことらしい。里見を除くと日本を代表する小説家ばかりで、全員が小津より10歳以上年上というのも興味深い。

川端については1937年7月の日記に「川端康成の雪国を読む 感ず」とある。小津にとって「感ず」というのは、この本によると最大の賛辞であるらしい。ところが小津は映画化していない。どうも本当に好きな小説は映画化しないようだ。

一番の感動は志賀直哉の『暗夜行路』。戦地にいた1939年5月に「激しいものに甚だうたれた。これハ何年にもないことだった。誠に感ず」。貴田は書く。「小津にとっての志賀直哉は『暗夜行路』を書いた雲上人、もしくは小説の神様という人物だった」

志賀が小津の映画を始めて見たのは『長屋紳士録』(1947)の試写のようだ。そして『晩春』で原節子と杉村春子を始めて使ったのは、志賀直哉の意見によるという。湯河原の中西旅館での打ち合わせに志賀直哉も参加して、意見を述べた。

志賀直哉は『お茶漬けの味』を見て述べる。「画面が清潔できちんと整理されてとても美しく感じた、そして何よりもいいと思ったことは見た後味が非常にいいことだ」。小津自身も「志賀や志賀作品を好む理由を、志賀のこの言葉に影響されたのか、「後味」の好さでしばしば表現している」。これを影響と言わずして何と言おう。

志賀でおもしろいのは、自分の小説の映画化に消極的だったこと。遺書に「著作権は決して買渡すべからず 作品は元の形をくずさぬよう 劇、活動写真にすべからず、但し食ふに困った場合だけこのかぎりに非ず」と書いた。

ところが彼はその後20年も生きて、『暗夜行路』の豊田四郎監督による映画化を自ら許諾している。そういえば川端の『雪国』も豊田四郎。

そのほか里見弴、永井荷風、谷崎潤一郎の話も書きたいが、今日はここまで。


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