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2017年1月12日 (木)

『アイヒマンを追え!』に学ぶ

映画は娯楽だが、時には知らないことをおおいに学ぶことができる。そんな当たり前のことを考えたのは、ドイツのラース・クラウメ監督『アイヒマンを追え!ナチスがもっと畏れた男』を劇場で見たから。実に勉強になった。

映画は、ナチの重要戦犯、アドルフ・アイヒマンの行方を捜す検事長のフリッツ・バウアーを描く。仕事だけが生きがいの中年男で一人暮らし。その私生活には恋愛も家族もなく、あえていえばかつて少年を買った疑惑があるくらい。

映画は、彼が第二次大戦後に執念でアイヒマンを追いかけるさまを描く。驚くべきは、彼の行動が検察内でもドイツ社会でもあまり支持されてはいないこと。検察の中にさえ元ナチ親衛隊がおり、警察はもっとすごくてバウワーはほとんど孤独で戦う。

我々のドイツのイメージは、あの国はナチスの過去を深く反省して一切の影を残していないというもの。そのうえ、敵国だったフランスとEUの中心になり、フランスとは共通の歴史教科書まで作っている。ドイツの戦後というのは、日本とは全く違うと思っていた。

ところがこの映画だと、政府や警察内や大企業にもに元ナチ信奉者が何人もいて、ナチスの犯罪を追及するバウワーは身の危険さえあったというのだから驚きだ。「執務室を一歩出れば敵だらけ」という彼の言葉がそれを示す。

考えてみたら、日本では戦後作られた海上保安庁や警察予備隊(及び後の自衛隊)に、旧海軍や陸軍の幹部が座ったのだから、ありうることである。ましてやドイツは分裂してまさに冷戦下だから、アメリカの方針によるいわゆる「逆コース」もあるだろう。

数年前のドイツ映画『ハンナ・アーレント』では、冒頭にイスラエルの諜報機関モサドによるアイヒマンの逮捕が出てくる。てっきりイスラエルの国家意思によるものかと思ったが、その裏にはドイツ人バウアーの必死の追求があったとは知らなかった。モサドへの情報提供は国家反逆罪と知りながら、何度もイスラエルに行ってアイヒマン逮捕を推し進めたのだから。

それにしても、敗戦直後のドイツでがむしゃらに意志を貫く孤独な中年の検事を描く映画がよく封切られたと思う。女性は秘書くらいしか出てこない。あえて言えば若い検事とのほのかな同性愛くらいだが、こちらもゲイへの差別という問題を提起しているし。

イスラエルのシーンで見た顔があると思ったら、コーン法務長官を演じたのは『わが教え子、ヒットラー』などを監督したダニー・レヴィだった。彼には「ドイツ映画祭」を立ち上げた時にインタビューしたことがあったが、この映画祭についてはいつかノスタルジアで書きたい。

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