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2017年1月 9日 (月)

梅原龍三郎の爽快さ

山田正亮の「やがて悲しい」絵画のことから、日本の近代美術が本質的に持つ「模倣性」について考えていた。すると、丸の内の三菱一号館美術館でルノワールと梅原龍三郎の展覧会が終わりかけていることに気がついて、見に行った。今日までの開催なので、すぐに書く。

展覧会名は「拝啓 ルノワール先生―梅原龍三郎に息づく師の教え」。つまり、ルノワールと梅原の関係を探る展覧会だが、これが存外に面白かった。

19世紀末から20世紀前半にパリに行った日本人画家は多い。20世紀初頭に帰国した画家だけでも、黒田清輝を始めとして、梅原龍三郎から安井曽太郎など。彼らは印象派のなかで長生きをしたルノワールやモネを訪ねた。そして作品を購入し、日本に持ち帰った。

この2人は、個展をやればたぶん今でも日本で一番人を集める画家だろう。梅原龍三郎はルノワールと親しくなるが、この展覧会でおもしろいのは、その細部がわかることだ。

例えばルノワールが北品川の梅原宅に書いた手紙が展示されている。あるいは「梅原の言葉」「ルノワールの言葉」として当時の彼らの言葉がパネルで書かれている。「ルノワールの言葉」の方は梅原が記述したもので「ルノワル先生はピカソをつまらないね、と言った」という具合。

さらに梅原が購入した西洋絵画が並ぶ。多くは現在は国立西洋美術館に所蔵されているもので、若い画家が見られるようにと梅原が晩年に寄贈したという。そこにはルノワールのみならず、ピカソもドガもルオーもある。あるいはローマ時代の小さな偶像も。なかには「三越一号館寄託」もかなりあるが、これは子孫が所蔵していたものだろうか。

梅原自身の作風の変化も興味深い。20年代くらいまではルノワールを始めとして印象派の影響が強いが、30年代になるとずいぶん和風になり、40年代の北京を描いたシリーズや戦後の作品はどこか曼陀羅めいてくる。

一番おもしろいのは、ルノワールの《パリスの審判》(1908)を晩年の梅原が模写した1978年の作品と並べているところ。ルノワールの繊細なタッチとは違って、梅原は力強くハデハデ。「ルノワル先生」と尊敬しながら、全く真似していない爽快さを感じた。

また後半には1880年代のいわゆる印象派らしいルノワールもあって、2人の画家の変貌ぶりを楽しめる。

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